Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
  第七章 ミルガウスの闇 
* * *
「…闇深き風の壮宮に 讃えし君と汝の名」
 人ならざる者、混血児。
 その強大な魔力は、人の身でありながら人の能力を超える治癒能力を付与し、天から授かりし純白の翼に、その余りある魔力を満たし無限に使い得るという――。
 ティナの前に降り立ち、肩から純白の翼を生やした混血児は、七君主の魔力を相殺し、銀の髪を風に流し、詠唱を始めた。
 それは、神に祝福されたものが賛歌を謳うようにも見えた。
「福音の鐘の謳の音に 聖なる加護を与えつつ…」
「おにいさま…。『私』を浄化させるつもりなんですね。けど」
 くすくすと、アベルは笑った。
 目を細め、奈落の底に這う人々を、哂う悪魔のように。
「あなたの力は強力すぎる。私の身体ごと、あなたの大事な大事な『妹』も死んでしまいますよ?」
「…っ」
 よどみなく流れていた、フェイの詠唱が、微かに淀んだ。
 アベルは、それを逃さなかった。
 フェイの足元に黒い魔方陣が展開し、発現した黒い光の線が、下から彼を貫き通す。
 ぱん、と赤い華が飛び散った。
「!」
 かろうじて避けられたのは、半身だけ。
 彼の純白の羽ごと――残りの半身が赫に染まった。
「そのまま、ゆっくり殺してあげます。誰にも邪魔されない――異空間で、ね!」
 少女が言い放つや否や、彼女の足元にも魔方陣が出現した。
 フェイと共に――その身体が、透明に透けていく。
 人間には、干渉できない場所――精神体が行き交う、魔族たちの空間、『異空間』へ。
「な…! フェイ…!!」
 ロイドが延ばした手がフェイの捕らわれた魔方陣に届こうとしたせつな、フェイ自身の手が、それを振り払った。
「…」
 何かを言いかけた口が、音を成す前に、空間に飲み込まれていく。
 後に残ったのは、血に染まった白い羽――。
「フェイ…!! おい、フェイ!!」
 ロイドの叫ぶ声が、空しく掻き消えていく。
 カイオスも、アルフェリアも。
 何もいうことが出来なかった。
 突然のアベルの行動に残されたのは、傷ついた人間たちと、ロイドの――血を吐くような、慟哭だけだった――。

* * *
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
Base template by WEB MAGIC.   Copyright(c)2005-2015 奇術師の食卓 紫苑怜 All rights reserved.