Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第八章 君に誓う言葉 
* * *
 ご飯をいただきながら、ティナが女たち――水の巫女セレアと、情報屋エカチェリーナ――から聞いたのは、想像を遥かに超えて、信じられないような内容だった。

「えっと…ちょっと、整理させてくれる?」
 ティナは、頭を押さえながら、ため息をついた。
 自分たちを、緑の館で監視していた影の正体。
 七君主が、ジュレスたちが持っていた石板をスった少年を使って、自分をさらったこと。
 そして、転移した先の死に絶えた都で、七君主と対峙したティナは、そこで不死鳥の召喚に失敗した。
 不死鳥の魔力を追って、カイオスやアルフェリア、クルスや副船長をはじめ、みんな駆けつけてくれたらしい――そこで、カイオス・レリュードの機転もあって、捕らわれていた黒い闇から、救い出されたと聞いた。
「そっかー。助けてくれたんだ…」
 食後のお茶をいただきながら、ティナは呟く。
 あの時、意識が朦朧としていた彼女は、彼が自分に剣を向ける姿を見た――ような気がする。
 そのときの眼が、正気の彼のものだったので、なぜか安心して再び意識を手放したのだったが。
(七君主に、殺せって言われて、それで剣を向けた、なんてね)
 だが、実際には刺したように『見せかけた』――だけで、ティナ自身には傷ひとつ付けることはなかったらしい。現に、ティナの身体に違和感は全くない。
 それにしても。
「よく、助かった、と思うわ…。不死鳥の召喚が失敗した時、絶対そのまま殺される、と思ったもん」
 ティナは、肩を落としてため息をつく。
 運がよかった、と思う。――それとも、悪運の方だろうか。
「それはね。そうだと思うよ。七君主の手によって、属性継承者が死んだら、その人間に宿った属性が暴発して――それこそ、七君主顔負けの悲劇が起きるだろうからねぇ」
 エカチェリーナが、物憂げにそう解説してくれた。
 七君主は、カイオス・レリュードに、ティナを討たせたがった。
 それは、単に『悪趣味』なだけではなくて、それなりに『理由』というものがあるらしい。
「え、でも、例えばカイオスが私を殺してたら――結局属性継承者は死んじゃうんだから、結局は、一緒なんじゃないの?」
「違うさ。…人間が、人間を害して、人間の世界の理が崩れる分には問題がない。だけど、魔族が人間を害したり――もしくは、ひょっとしたら、その逆もあるかもね――したら、他種族の理に他種族が大きく干渉する羽目になる。
 第一次天地大戦が、その悲劇の最たるものだよね。天使と魔族がこぞって、人間の世界を戦場にして、大戦争やらかしたわけだから。
 その教訓だかなんだか知らないけど、それ以来、他種族の理に大きく干渉することは、禁忌なんだよ。
 たとえそれが――『七君主』という存在だろうとも、ね」
「ふーん」
 エカチェリーナの、魔法に関する知識は、相当深いものがあるようだ。
 属性継承者のティナでも聞いたことのない話を、まるで世間話をしているかのように、すらすらと並べ立てる。
 その講釈をおとなしく聞いていたティナは、ふと思いついたことを言ってみた。
「じゃあ…。カイオスは、ちょっと前に、七君主を撃退したし、私も…アレントゥムで倒したことあるけど…そういうのは、大丈夫なの?」
「………。あんたら、本当に、ただ者じゃないんだね」
 エカチェリーナは、呆れたような表情をしたが、答えはすぐに返ってきた。
「問題ないよ。人間と違って魔族は元々精神体だからね。『撃退』して――まあ、一見消えたように見えるのは、この『地上』という空間にいられなくなっただけで、『死』んだわけじゃない。現に、復活してるだろ。
 魔族にとっての『死』は、完全なる『消滅』――。
 この地上からも、どこからも、痕跡というものを、根こそぎ消し去ってしまう荒業さ」
「………」
 じゃあ、自分の不死鳥での撃退は、七君主を一見『倒した』ように見えて、その実『退けた』だけに過ぎなかったのか。
 しかし、完全な消滅、なんて、人間が魔族相手にできるものなのか。
「出来ないわけじゃないと思うよ」
 ティナの表情から、問いを読み取ったらしいエカチェリーナが、気だるげに応じた。
 見た目のめんどうそうな様子とは裏腹に、一つ一つ丁寧に説明してくれるあたり、そこそこ人がいい女なのかもしれない。
「あんたら、『属性継承者』は、空間に干渉するんだろう」
「…あ」
 思わず、ティナは呻いていた。
 そうか、例えば、ティナの火は、空間ごと相手を焼き尽くし、カイオスの水ならば、空間ごと相手を斬る。
 存在そのものが『在る』場所、その根本の空間へ干渉する属性魔法なら、――殊四属性魔法以上の高位属性なら――魔族の存在を根こそぎ滅ぼすことは、不可能ではないかも知れない。
「じゃあ…気をつけて戦わないと、うっかり七君主を『消滅』させるくらいの魔法を放っちゃったら、大変なことが起こっちゃうのね」
 口でそう言いながらも、そんな大層な魔法、そうそう放てないけどね、と胸中で零す。
 そんな魔力があったら、不死鳥の召喚に頼らなくても、楽に七君主に圧勝できるだろう。
「まあ、そうだね。あんたが、干からびるくらい、体中から魔力を絞り上げれば、可能かも、知れないね」
「………」
「そのときは、理を乱した罰として――『時の女神』の鉄槌が下る――そういわれている」
(時の…?)
 どきん、と心臓がなった。
 それは、彼女の失われれた力。
 応えなかった不死の女神。
「ま、まあその話はそのくらいにして」
 ティナは、強引に話題を打ち切った。
 魔法に詳しい人間でもなかなか難しい話題を延々と話されて、クルスやセレアが、大分置いてけぼりを食らっている。
 そう、むしろ当面の問題は。
「それで…カイオスの機転で、とりあえず、私と、賊の男の子が助かった後――なぜか、突然アベルが現れて、しかもアベルは七君主に乗っ取られてて――。それが、副船長を殺そうとして、結局異空間に消えてった、と」
 手に負えないのは、アベルが傷つけた副船長が、彼の義兄――『フェイ』だということだ。
 ティナたちには、『ジェイド』と名乗った青年は、実際はミルガウスの第一王位継承者だった――そして、アベルを乗っ取った七君主は、その存在を疎ましいと思っている。
 なぜ、アベルの身体に、七君主が住み着いていたのか――それが、突然彼女の意識を乗っ取って、突然の行動に出たのか、それは分からない。
 ただ分かるのは、それがとても悲しい――哀しい、ということだけだ。

――…わたしも、お兄さんを殺しましたから。

 ミルガウスに始めて訪れたとき。
 石板を探す王女の旅に同行することになった日の朝。
 フェイが、石板が砕け散った犯人とされて、追い詰められた挙句、落ちてしまった崖に、アベルは毎日通っていた。
 罪を犯した兄に殺された、天使の名前になぞらえて、自らの名の由来を明かした少女は、そう言って寂しく笑った。

――わたしが、…わたしさえ、あの時のことをちゃんと覚えていたら、わたしさえ、お兄さまが犯人じゃないとあの時証明できていたら――少なくとも、フェイお兄さまだけは、死なずに済んだ…。

 あの時の少女は、普段は決して見せない、悲しみを、ほんの少しだけ覗かせていた。

――わたしは、自分の不甲斐なさのせいで、お兄さまを殺してしまったんです。だからわたしは…わたしは、『アベル』なんですよ。

「…だめよ、そんなの、絶対ダメ」
 ティナは無意識に呟いていた。
 こちらを見る三人の目を見返して、強く言う。
「アベルに、フェイを殺させるなんて…。絶対、ダメよ」
「でも、アベルは異空間に行っちゃったんだよ」
 クルスが困ったような顔をして、指摘した。
 ティナは眉をひそめる。
「そーよ、大体、――まあ、その場で殺されなかったのは、よかったにしても――なんで、そんなことに」
「それは…」
「やっぱり、覚えてないんだねえ」
 言いよどんだクルスに代わり、双碧の女――エカチェリーナが、腕を組んだ。
 爪の先を弾きながら、
「ま、私はその時意識がなかったから、カイオス・レリュードからの又聞きになるけどね。あんた、意識がないままに不死鳥の召喚をしようとして――それで、七君主に狙われた。七君主は、確かに『属性継承者』を殺せないけど――後遺症くらいは、残ったかも知れないね。そこをフェイ様が助けて――そのまま、異空間に引きずり込まれたらしい」
「――え?」
 ティナは、目を見開いた。
 今聞いた言葉が、一瞬信じられなかった。
 無意識に――精霊を呼ぼうとしていた? 
 それは、言い換えれば、自分自身の力を、ティナが制御し切れていないことを示す。
 精霊に、召喚を拒絶された上、制御も出来ない――
「…っ」
 思わず、握る手に力がこもった。
「つまり…。不死鳥に邪魔されないように――干渉が出来ない異空間に閉じ込めて――ってわけ」
「そういうこと、にも取れるね。繰り返すけど、七君主に属性継承者は『殺せない』。けど、間接的にじわじわと死に追いやるのは、ありだからね」
 エカチェリーナの言葉は、静かに続く。
「フェイ様が、そのことを覚悟してあんたの前に躍り出たのか、は分からないけど。彼はあんたを助けた代わりに、弄り殺される羽目になったってわけだよね」
「…!!」
「強い力を操るのには、相応の対価が必要となる。――あんたがその力を――望むと望まないとに関わらず――持ってるってことは、それを制御する責任も――当然のように、存在する」
「………」
「エカチェリーナさん…」
 セレアが微かに責めるように声を上げたが、彼女は一瞥しただけで、取り合わなかった。
「まあ、私も――自分の力を制御できなかったクチだから、偉そうなことは、いえないけどねぇ…。ま、あんたの力については、あんたが責任を持つ、として…。王子様のことは――何とかならない方法が、ないわけじゃない」
「…そうなの?」
 見返すティナの目を、青い眼が、真っ向から受けた。
 ため息混じりに、彼女は頷く。
「男たちが帰ってきてから話そうかと思ってたんだけど…」
「あ、そういえば、ほかのみんなは?」
 カイオスやアルフェリア、そして、話に聞くだけだが、人身売買を取り仕切っていた元ミルガウスの官僚であった二人の若者たちが、同じく緑の館に滞在している――のだと思っていたのだが、その気配はない。
「それは…」
 セレアがどこか言いにくそうに、言葉を切る。
 クルスが、にゃははっと笑って、さらっととんでもないことを言った。
「皆で、お城に殴り込みにいったんだ!」
「な、殴り込み…?」
 その言葉に不穏なものを感じて、ティナは思わす聞き返す。
 その時、ちょうど玄関の方が騒がしくなって――何人かの人間が、入ってくる気配がした。

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