久々に踏んだミルガウスの土は、雄大な自然と悠久の時を歩んできた貫禄の王国として、いままで訪れた国と、改めて一線を画した尊大な印象をティナに与えた。
世界一の大国。
その城に――ほとんど押し入るように――帰還を果たした後、彼女たちは、国王の計らいで、城の一室に通されていた。
アルフェリア、クルス、ロイド、エカチェリーナ、カイオス。
自分以外の仲間の顔ぶれを見て、果たして国王はどう思っただろうか。
「…随分と――早い帰還だの。闇の石板集めも順調と聞く。このたびは何用じゃ。強引に謁見室に押しかけるなど――お主らしくもない」
寛大な態度で口火を切った国王に、視線が集中する。
娘の不在のことではなく、第一にそう言い放った王者に対する、戸惑い、そして抑えた非難。
淡々と返答したのは、この場において、最も発言をするのに違和感がない、カイオス・レリュードだった。
「先ほどの無礼のことは、お詫び申しあげます。事が王女の一身にかかわる、緊急事態でしたもので」
「そういえば、あれがおらぬのう。まさか、お主を目付けにしながら、むざむざと有事があったわけでもあるまい」
「そのことにつきまして、恐れながら、お答えいただきたく存じます」
口調は形式に則っているが、その眼光はおよそ王に対するものではない。
だがそれは、その場に佇む他の人間達の胸中も、代弁していた。
ミルガウスの王者に対し、彼は臆する様子微塵もなく、低く問いただした。
「王女の御身には、『闇』が巣くっていました。『闇』は彼女の身体を乗っ取り、『正当な』ミルガウスの王位継承者を害し、虚空に消えた」
「………」
そして、と彼は続けた。
底光りする目が、言葉には出さない感情を、ひたと伝えていた。
「貴方はそれを――ご存知だったのではないですか」
■
「…な」
ティナは、カイオスの放った言葉に、思わず声を漏らしてしまった。
隣りのアルフェリアは、場所柄と立場からか、さすがに表情を動かさないが、ぴくりと肩を震わせて視線を動かす。
クルスはマイペースにびっくりしていた。
エカチェリーナは顔色を失している。
ロイドだけは――硬い表情を崩さなかったが。
(なんで、王様がアベルのこと知ってるって話になるのよ)
アベルの不在に対する王の反応は、王者としては仕方のないものがあるかも知れないが、親としては哀しいものだと思う。
てっきりそれを質すものだと思っていた彼女の予想は、色々な意味で裏切られた。
カイオスは、根拠や確信なしにして、断言するような人間ではない。相手が国王なら、なおさらのはずだ。
その国王が――アベルが七君主に巣くわれていたことを――知っていた?
(どういうこと…?)
問いかける視線は、彼に届いたのだろうか。
湖面を思わせる目が一度閉じて、再び光を灯した。
「――事によっては、賢王の『粛清』も、ミルガウスの闇に指示されて、なされたことではないかと」
「………」
さらりとなんでもないように言い切るが、その内容は、またとんでもないものだ。
10年前、闇の石板が砕け散った後――『愛する三人の子供たちを失ったため』、ミルガウスの名臣たちを、無実の罪で断罪していった。
ティナが今までに会ったことがある――ゼルリアに赴く道中に知り合った、ジェレイドや、シェーレンで賊のまとめ役をしていた、ローランドやヴェイク――彼らも、その犠牲となって、国を追われた。
それが――国王の意思ではなく、七君主の差し金?
(…どういうこと?)
ますますワケが分からない。
問いかけられた国王は、悠然とした態度を崩そうとせず、ふむと頷いた。
「またずいぶんと突飛なことを申すのう…。なぜそう思うのじゃ?」
「――ミルガウスとゼルリアの狭間の村に、ひっそりと『隠匿』しているジェレイドという名の男がいるそうです」
「………」
「砂漠の国には、『ローランド』という名の賊がいました」
「そうか…あやつら、息災か」
「…本当に国を滅ぼすおつもりでしたら、なぜローランド殿やジェレイド殿を、放免されるだけに止めたのですか」
「…」
「彼らを――未来を担う逸材を、闇から逃がしたのでは」
「ふむ…きゃつらは…殺し損ねただけよの」
「それは、随分と寛大なことですね」
「………」
核心を突いているように見えて、言葉は微妙に表面を掠るだけに止まっている。
それでいて、両者の間にある緊張感が、他の人間の介入を拒んで、えも知れぬ空気を漂わせていた。
クルスが、にゅーっと伸びをした。
のんびりと、空気を読んでいないかのように、口を挟んだ。
「ねえねえ…オレさ、ガキだからよく分からないんだけど…。最初から順を追って、はなしてほしいよ〜」
「………」
国王は、ふむと顎をなぜる。
「そうだのう。それがいいかのう」
わしの口からは、言えぬことだからのぉ、と意味深に付け加えた。
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