Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 シルヴェアの真実
* * *
 ミルガウス王国。
 ――空間的に、『天と地と地』が交わる地。
 天使イオスと魔族カオス亡き後、第一次天地大戦で、八人の天使・魔族の命を賭して、張られた三つの世界を分断する結界。そして、その証として作られた光闇の石板。
 聖なる地は、魔力を持つ石板を受け止める器として、代々千年竜に祝福された王者の下、永遠の最盛期と呼ばれる安定した繁栄を続けていた。
 聖地を守る王国がある限り、石板はくだけ散っても再び結界の『要』となりえる。
 すでに砕け散った光の石板は無く、地界と地上を分断する『闇の石板』が、厳重な封印の下、静かに眠りについていた。
 だが、以前に一度砕け散り、七君主という個々の意思を宿したことのある欠片の結合は不安定で、ふとしたことで、また砕け散らんとする状態だった。

 シルヴェア国の幼い王位継承者たち――スヴェル、ソフィア、フェイ、そしてアベル。
 彼らが鏡の神殿の付近で遊んでいた折、『たまたま』開いていた神殿の扉から神殿内に入り込み――その後、結果として、闇の石版は砕け散った。
 人間達が施した、厳重な封印が、なぜ解かれていたのか――。
 後に、シルヴェア国王ドゥレヴァは、『人ならざる』混血児の力で持って、封印を解いたのだろう、と『決め付け』、生き残ったフェイを石板が砕け散った犯人として断罪した。
 しかし、フェイがわざわざ好き好んで、封印を解いたとは考えにくい。
 封印を解いた、真の人物。
 人の力で解かれたものでなければ、人ならざる者の力が働いた――。
 そう、考えるのが道理には適っている。
 『闇の石版』には、七君主が宿ることもできる。
 一度砕け散り、その結合が不安定だった石板の一つに、長い間七君主が息をひそめて宿っていた。
 その七君主は、――何らかの理由から、その時、鏡の神殿の内側から、封印を弾き飛ばし、迷い込んできた王位継承者『アベル』に宿った――。
 そして、王に談判した。
 『娘の命が惜しければ、ミルガウスを滅ぼせ』。
 ミルガウスが――石板を安置する聖なる王国、その母体自体が滅びれば、天と地と地は交じり合い、世界は混沌に突き落とされる。
 世界の破滅を願う魔族からすれば、それは願ってもない事態だ。
 自分が七君主に寄生されていることを知らないアベルは、人質として。
 そしてその監視役として、突然『養女』として現れたカオラナ。
 王は、その時から――まるで『狂ったように』、賢臣たちを断罪していった。
 表向きは、『自分の愛する家族を失い、全てに失望したため』。
 七君主に監視され――その手を緩めることはできなかった。
 一方で、ドゥレヴァは未来を担う能力を持った若者たちを、国外に逃がし、サリエルやエルガイズなど、身分の低い者を二大臣にして、闇の目を欺きながら、何とか国を保っていった――。
 アベルを、闇の石板を探す旅に同行させた理由は分からない。
 だが、彼女は――彼女の中の『闇』は、偶然にも旅の最中で見つけた。――王国を継ぐ真の継承者。
 『フェイ・シエル・ルーヴェ・シルヴェア』。
 異民族でありながら、スヴェル亡き後も、彼は正当な王位継承者として、名を残し続けた。
 それは、石板が砕け散った原因として断罪され、崖から落ちた後も――変わることはなかった。
 まるで、その死を否定しているかのように。
 ドゥレヴァは、アベルとカオラナ、どちらの姫をも継承権を繰り上げることはしなかった。
 まるで、彼が『生きて』いるのを、信じているかのように。
 そして、今。――フェイは、七君主に則られたアベルに――ミルガウスの闇によって、殺されようとしている。
 聖と地と地の交わる地。
 三つの世界を分断する楔として、永遠の最盛期を誇る王国は存在する。
 逆に言えば――安置された石版はもとより、その石板を抱くミルガウス自体を滅ぼせば、磁場は狂い、分断された世界は入り乱れ、世界は混沌に帰す。
 その大きな鍵――時期『王位継承者』。
 ミルガウスを滅ぼすため。
 正当な王の血筋を絶やすため。
 ひいては、世界を滅ぼすために――。
 内部から、ミルガウスは、狂わされていたのではないか、と。


「なぜ…。闇が巣くっていると気付いた。この国に」
 語り終えたカイオスの話を、信じられない思いで聞いた人間たちを尻目に、ドゥレヴァは、静かにそう問うた。
 完全な肯定ではなかったが、明らかに否定ではなかった。
 青年は、静かに頷いた。
 表情を動かさず、王の誰何にこたえた。
「ここに居るものは、全員知っていることですが、私は『闇』に追われています。詳しい経緯は、後にご説明いたします。場合によっては、正式に官位を返上する所存です」
「…」
「ただ一ついえることは、私がこの国に来たときから、闇が手を出して来なくなりました。『強すぎる闇は、一箇所に集まれない』。――だとしたら、同等の力を持っていた闇が、この国に巣くっている。しかも、アレントゥム自由市の一件で、二人の王女が国をあけた途端、闇がミルガウスを襲いました。それを考えれば、二人の王女に闇が巣くっているのではないかと…。そのときは、カオラナ様がそうなのではないかと考えました」
「そのカオラナを放っておいて、お主は石板を探す旅に出たのか?」
「闇の目的は、おそらくミルガウスを内部から切り崩すこと――そして、賢王の粛清の不自然さを考えた際、陛下はそのことをご存知ではないかと思いました。ならば――私のようなよそ者が、とやかく言うことではないのではないか、と」
 冷静なのか、冷徹なのか、分からないこととをさらりと言う。
 国王は、ふむ、と顎をなぜた。
 一方で、聞いているティナたちは、彼の口から――あくまで憶測としてだが――語られたことに、驚きを隠しきれないでいた。
 アルフェリアでさえ、目を見開いて、懐疑の視線を向けている。
 賢王の粛清が仕組まれていた――?
 ミルガウスに巣くっていた、『闇』によって?
「…」
 それは、とんでもないような、仮説に思えた。
 国王は、すぐには肯定も否定もしなかった。
 ただ、虚空に瞳を向け、なにやら思いを馳せているようだった。
「お主は…」
 ドゥレヴァの視線が、カイオスを捕らえた。
 王者は、どこか誇らしげに、目を細めた。
「お主のような者を迎えられて、この国は、本当に幸運よのう」
「………」
「確かに、『アベル』と『カオラナ』は、お主の言う存在に相違ない。奇妙なことに、一つの七君主が二人の娘の身体に分かたれて宿っておった。闇が分割されることで、娘達の身体に余計な負荷がかからずに済んだことは、不幸中の幸いか…。
…ただ、一つ訂正するならのう、『カオラナ』は実の我が娘じゃ」
 王は王で、またも話を混乱させるようなことを言う。
 カイオスも、暫く黙っていたが、やがて
「…記憶操作」
 探るような調子で呟いた。
「ふむ…察しがいいのう」
「どういうこと?」
 思わず呟いたティナの囁きは、思いがけず沈黙の空間に大きく響いてしまった。
(うわ、やばい)
 こんな空気で、うっかり口を出す気なんてなかったのだが。
「――もしも、実の娘が二人とも闇に捕らわれていた場合」
 カイオスが、静かに口を開いた。
 ティナ――というより、全員に対して言っているようだった。
「捕らわれていたのは、アベル様と――その姉君、ソフィア様ということになる。だが、実際に『ミルガウスの闇』として暗躍していたのは、第三王位継承者『カオラナ』様だった。――つまり、『カオラナ』は、陛下の実子ソフィア様その方だった、と考えられる。――だが、対外的にも、王城内部でも彼女は『死んだ』ことになっているし、いくら人前に滅多に姿を現さないとは言え、いくらなんでも王女を見間違う臣下はいない」
「つまり…皆がカオラナと思ってた人は、本当は王女ソフィア様で…国王陛下以外、全員記憶を操られてた…ってわけ」
「…おそらく」
(闇が…)
 ミルガウスに巣くっていた。
 カオラナと名を変えた、『ソフィア』と、自分が巣くわれていることすら無自覚だった、『アベル』。
 二人の姫によって。
 そして、ドゥレヴァは一人でそれと闘っていたのだろうか。
 世界を人質にとられて。
 娘の皮をかぶった『悪魔』に監視され。
 『狂った』賢王と影で囁かれながら。
 大切な名臣たちを、その手で断罪しながら。
「でも…魔法使えなくて、全然耐性とかなさそうなアベル…じゃなくて、アベル王女が…半身とはいえ、七君主なんてものに取り憑かれて、よく無事だったわね…」
「ふむ」
 王は、ティナを見た。
 それは、意外と柔らかい光で、彼女を映し込んだ。
「そうだのぅ、魔道士らしい、いい着眼点よの。まあ、とりあえず言えるのは、脈々と続く魔道大国の名は、――その直系王族の血筋は、虚飾ではない、ということかのー」
「は、はあ…」
 つまり、アベルには、その素養があるということなのか。
 彼女がまるで魔法のことに無関心だったことを思い出して、ティナは微妙な気持ちになる。
 だが、今はそのことを気にしている場合ではない。
「じゃあ、副船長――じゃなくて、フェイ王子は、ミルガウスを滅ぼしたい七君主に狙われたってことよね。で、異空間に連れ込まれた…。世界のどこかで、反動で異空間と接しやすくなる空間がある。そこを一刻も早く、目指さないと…」
「その場所なんだけどね、大体の目安はついた」
「!」
 沈黙を保っていたエカチェリーナが、口を開いた。
 王が、ほ、と眉を上げる。
「またずいぶんと、懐かしい顔じゃのぅ」
「お久しゅうございます、国王陛下。永久追放を受けた身にて、むざむざと罷り越しましたこと、弁明のしようもございません」
「ふぬ…その是非は、後で問うとしようかの」
「…寛大な処置、痛み入ります」
 エカチェリーナは、碧色の瞳を、国王に向けた。
 そこに、情報屋としての気だるげな様子は無い――凛とした面持ちで、ドゥレヴァに相対した。
「私はかつて、己の力量を過信し、多大な犠牲を生み出しました。――そのような愚を犯しながら、ご信用を得るのは、難しいとも存じますが…」
「よいよい。申せよ」
「はい」
 エカチェリーナは、ふ、と視線を落とし、やがて意を決したように、面を上げた。
「王子を呑みこんだ異空間は、――今から、10日後に、空間のゆがみとなって、第一大陸北方の地、ゼルリアの最果てに現れる。軍事大国の北に広がる迷いの森――その更に果て」
「それは…。ゼルリア国王と、北方領主の許可がいるな」
 アルフェリアが呟いた。
 エカチェリーナが、続ける。
「私たちの時間軸では、10日後ですが、異空間では、ほとんど時間が経っていないはず…。うまくすれば、助けられるかもしれない」
 全員が頷いたときだった。
「情けねーよな」
 がん、と机が叩かれた。
 ロイドだった。
 普段は、気楽な光を灯した目が、キれる直前の獣のように、底光りしていた。
 フェイが、アベルに襲われてから、ティナたちはおろか、海賊船の仲間たちにすら、ほとんど口すら効かなかった彼は、震える拳を握り締めて、押し殺すように呟いた。
「さっさと、いこーぜ。ぐだぐだやってても、仕方ねーや」
「ふぬ…。では、ゼルリア国王には、わしから書簡でも出しておくかのぅ」
 男のもの凄い剣幕に関わらず、のんびりと呟いた国王に、カイオスが頭を下げた。
「恐れ入ります」
「話は、まとまったようだの」
 ミルガウス国王はふぬ、と頷いた。
「10日か…飛竜を出したとして、ぎりぎり…間に合うか」
「けど…やるしか、ないんでしょ」
「そーだね!」
 クルスがにぱっと笑って、ぴょん、と立ち上がる。
「そうと決まったら早く行こうよ!」
「だな」
「ふぬ…」
 そのまま出立しそうな雰囲気を受けて、立ち上がりかけたカイオスを、国王がふと引きとめた。
「お主に、話がある」
「………」
「時間を取りはせぬ」
 こちらを伺う国王の黒い目が、意味深に輝いていた。

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