Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 シルヴェアの真実
* * *
 堕天使の聖堂で母と弟を『喰った』。
 父は、生贄として、死んだ。
 代わりに手に入れた、ワインレッドの髪と瞳。
 それは罪の証。
 消すことの出来ない、哀しい証。

――あなた、レイザっていうのね。

 手を差し伸べたあの人は、綺麗なきれいな瞳をしていた。
 さらさらとした黒い髪が、風に流れて、まるでおとぎ話の妖精のように。

――『呪われた証』。真紅の瞳と髪を持つもの。…けれど、大丈夫。私が、助けてあげる。

 私の、手足となりなさい…。

「………」
 そういって、微笑んだあの人は、突然、彼女の目の前から消えた。
 後に、古びた石の欠片一つ残して。
 ――あの人が、『七君主』だと、分かっていた。
 分かっていて、黙って付き従っていた。
 ひょっとしたら、アレントゥムの惨劇を止められる、一番近い位置にいたかも知れない――けれど、自分は何もせず、今まで彼女の傍で、ぬくぬくと仕えていた。
 それが、…罪深いことだと、分かっていて尚。
 自分を、受け入れてくれた人。
(私…は…)

――レイザ…。

 頭が、くらくらする。
 あの人の微笑が、瞼の裏に焼きついて離れない――
(私…)
 意識が朦朧と仕掛けていた。
 その時、王の声が、厳かに彼女を呼んだ。
「レイザ。入れ」


 個人的にカイオスだけを部屋に残した王は、カオラナ王女の付き人だった少女の名を呼んだ。
「…」
 カオラナに『闇』が巣くっていたことを考えれば、その傍に仕えていたレイザも、『七君主』と関係がある可能性が高いが――
「はい」
 静かな返事を残して、仕切りの向こうから小柄な少女が現れた。
 赤いくせ毛の髪が、ふわりと揺れる。
 ワインレッドの瞳が物憂げに、カイオスを映しこむ――
 ドゥレヴァが、ふむ、と唸った。
「なにやらのー、『闇』が消えたのだが、彼女だけは、残っておってのー。あ、それからのう、石板が」
「さ…左大臣様!!」
「…」
 少女の瞳の中の『物憂げ』な部分が嘘のように一瞬で消えて、代わりに夢でも見ているかのようにきらきらと輝き始める。そんな少女を尻目に、ドゥレヴァはふむ、と顎をなぜた。
「カオラナが消えた後に残されておっての、これまでのお主の報告と合わせると、石板の所在は7つとも明らかに…」
「いつお帰りになっていたんですの!? いつ見ても素敵!」
「………」
「それでのぅ…。――というより、これでは、話にならんのー」
「…そのようですね」
 恋する乙女は、きらきらと瞳を輝かせ、うっとりとその姿に酔いしれている。
 国王の面前だろうと、お構いない。
 これ以上、話ができないと踏んだ国王は、さっさとやっかいなモノを押し付けることにしたらしい。これ以上なく簡潔に、左大臣に頷きかけた。
「と、いうことで、頼んだかによ」
「………」
 カイオスは、反論しなかったが、口より目が露骨にモノを言っていた。
 てめー、この野郎、ふざけんなよ的な。
 だが、声に出しては別のことを言上した。
「陛下。私を狙っていた『闇』のことですが…」
「何かにー?」
「その狙いは、『属性継承者』の死と、ミルガウスの『天と地と地』の交わる地を崩壊させること」
「おお、アレントゥムの時に、おぬしによく似た男が、襲撃に来たのぅ」
 のほほんと国王は笑う。
 その姿からは、とても一人で『闇』を――この国を滅ぼす『作業』を、たった一人で黙々とこなし、そしてそれを周囲の誰にも漏らさなかった人間のものとは思われなかった。
 これが、『王者』の強さか。それとも、人の血の流れていない、本物の『化け物』か。
「あんずるでない。『闇』が消えたこの国に、再び闇が降臨しようとも――わしもおめおめと、この国をくれてやる気はない。安心して国を空けよ」
「左様ですか」
 淡々と応えた青年に、王はにやりと笑った。
「まあ、有事があっても、今度から全部左大臣に丸投げできるからのー。ほほほ。わしも気が楽じゃ」
「…国王陛下。恐れながら、失礼を承知でもう一つ伺いたいことがございます」
「なんじゃ?」
「…」
 国王は、彼の問いを半ば予期しているように見えた。
 それでもカイオスがその言葉を放つのに、ためらいとも取れる沈黙があった。
「…アベル様とカオラナ様――ソフィア様が、闇に捕らわれ、さぞご心痛のことだったと、存じます」
「よいよい。はっきり述べよ」
「では」
 両者の間に流れる空気をさすがに察して、レイザが伺うような顔色をする。
 しんと静まり返った謁見の間で、やがて青年の言葉が流れ出した。
「王として――彼女たちを見捨て、ミルガウスと世界を両方取る選択は、なかったのでしょうか?」
「っ!」
 レイザが息を呑む音がした。一方で王は微笑んだままだった。
「…あれらを失うわけにはいかん、理由があったでな」
 それは、カイオスの言葉を半ば肯定しながら、新たな疑念を抱かせる内容だった。
「それは、『魔法大国に受け継がれた血』と関係が?」
「そうよの。あやつらを亡くせば――長い目で見ても、着実に世界は滅んだじゃろうの。まあ、後のことは――お主の目で見極めればよい」
「…」
「一刻も早く帰れ。お主の腰のもの――ちゃんと、本来の『主』に届けよ」
「御意」
 そのまま簡略化した礼を取ると、彼は仲間たちのところに合流するべく、レイザとともに、連れ立って部屋を後にした。


「――ロイド」
 王の部屋から退出して、カイオスを待つ間、沈黙を持て余したティナは、海賊の船長に語りかけてみた。
「んあ?」
 ロイドは、拒絶しなかった。
 かといって、普段の無邪気さや、優しさなどといった温かいものは、今の彼から根こそぎ奪われている。
 それでも、一時あった――どこか、研ぎ澄まされて今にも自身ごと、切り裂いてしまいそうな危なさは、消えていた。その代わり、腹の据わった覚悟のようなものが、全身からにじみ出ている。
「…ごめんね」
「? 何で、ティナが謝んだよ」
「いや…私の、せい…みたいなもんだったじゃない。――不死鳥の召喚を…しかけて、邪魔されないように、異空間に消えた」
「あの時さ、ティナが不死鳥呼ばなかったとしてもな」
 ロイドは、ぽりぽりと頭を掻いた。
「きっとオレたち、何もできなかった。最悪――あのまま、見殺しにする羽目になってたかも知れねえ…。けど、あいつが異空間に連れ込まれて――それを助けられれば…希望はある。な、そうだろ?」
「うん、…ありがとう」
 言いながら、ロイドはすごいな、と思った。
 彼の立場からしたら――そのまま感情に任せて、ティナを責めてもいいはずだ。
 なのに、それをせず、冷静に現実を見つめて、必死に可能性を探ろうとしている。
 必死に前を見据えている――。
 強いな、と思った。
「ロイドは――フェイのこと、ずっと知ってたの?」
「んあ? 混血児ってことか?」
「んーと、それだけじゃなくて、シルヴェアの王子だってこと…」
「王子、ね」
「…?」
「いや」
 苦笑した彼は、こくんと首を前に倒した。
「知ってたぞー。本人から聞いたからな。何だったか、『証』ってヤツも見せてもらったしな」
「そーなんだ」
「おー」
 『証』とは、千年竜のペンダントのことだろうか。
 今となっては遥かな昔のようなことの気もするが――始めて、カイオス・レリュードと、鏡の神殿前で鉢合わせたとき、彼が千年竜の紋章を首から提げていて、驚いたような気がする。
 王族と、高位の人間しか付けることが許されない、究極の印――。
(そーいえば)
 ティナは、ふと疑問に思った。
 フェイは、今のところアベルやカオラナよりも高位の、王位継承者だ。
 男性と女性ということで、違いはあるかも知れないが、王家直系の姫を差し置いて、異民族、混血児、しかも養子と三拍子揃った彼が、尚王位『第一』継承者であり続けるのには、何か理由があるのだろうか…。
「フェイって、ドゥレヴァ陛下の、実の子供じゃないのよね」
「んー、そだなー。確か、国王陛下の兄ちゃんの子供だって聞いたぞ」
「お兄さん?」
 つまり、血筋的には、ドゥレヴァの甥にあたる、というわけだ。
 しかし、ロイドの話が本当なら、現在の国王も、先王の次男――長子ではない、ということなる。
 普通、権力の所在を明確にするために、こういうのはきっちりと決まっていそうな気がするのだが…。
「ミルガウスの王位継承ってのは、特殊なんだよ」
 話題に入ってきたのは、アルフェリアだった。
 こーゆーのは、カイオスが詳しいだろうがな、と言い置いて、
「何かよく分かんねーけど、神託…ってのか? 国王になったヤツが、独断で次の国王を指名するんだと」
「ふーん」
「実際、現国王は確かに先代の次男だったんだが、長兄は、ものすごく優秀で、ドゥレヴァ陛下はいつも引き比べられてたらしい。だが、実際に王として選ばれたのは、能力に劣る次男だった――。まあ、その後風評を覆して『賢王』の名声を手に入れた方だけどな」
「じゃあ、そのお兄さんは、どうなっちゃったの?」
 フェイは、養子として、どこからかもらわれてきた――といったような話を、アベルから聞いたような気がする。
 ということは、長兄は、城を去っていたということになるが――。
「オレ、その兄ちゃんのことは、わかんねーけど」
 ロイドが、記憶を辿るような仕種をした。
「確か、フェイの出身は、ゼルリアより北の方だった気がするなー」
「ゼルリアより北――」
 それは奇しくも、ティナたちが目指すべき場所と、重なっているように思えた。
「ゼルリアより北ってさ、私ら一般人は完全に通行制限されてるわよね」
「…そーだな」
 応じたアルフェリアに、ティナは視線を重ねた。
「…何があるの?」
「…」
 アルフェリアは、言いあぐねたように、口を閉ざす。
 ティナは、その表情に、普段の彼と明らかに違う――動揺が交ざっていることに、気付く。
 しかし、その答えを質す前に、王の部屋の扉が開いた。
「あ、カイオス〜。あと…そっちのおねーさん、は…?」
 クルスが、のんびりと首を傾ける。
 それまで黙ってティナたちの話を傍で聞いていた、エカチェリーナも眉を上げた。
「これは…珍しい色の目だねぇ」
「………」
 青年と共に現れたのは、猫のような真紅の瞳をした、見覚えのある少女――。
(…あ)
 話したのは、一度だけ。
 確か、始めてミルガウスを訪れ、アレントゥム自由市へ赴くことになった日の早朝――夢見の悪さに、部屋を抜け出して、そして城の中で迷子になったティナを、助けてくれた。
 そしてその後――
 堕天使の聖堂を訪れたティナは、そこで彼女の幻を見た。
 そのときは、一緒に見たカイオスと剣を打ち合わせた幻の衝撃が強すぎて、彼女の方は失念してしまっていたのだったが――。
(カオラナ王女の…付き人――)
 名前は、レイザ・ミラドーナ。
「…っ」
 彼女は、ミルガウスの闇に付き従っていた人間だ。
 その闇――カオラナは、姿を消したというが、なぜその付き人だった彼女が『ここ』に存在するのだろうか。
 彼女は、カオラナの正体を知っていたのだろうか…。
「あなた」
 思わず、口を開きかけたティナは、次の瞬間、身体が音を立てて――と錯覚するほどぎこちなく――凍りついたのを感じた。
「レイザ・ミラドーナです」
 ふっと印象的な瞳を細めた彼女は、隣りの左大臣の腕を、きゅっと握り締めた。
 周囲の目が点になる。
 左大臣は、すでに諦観の構えだ。
 彼女は、そんな彼の様子に――ついでに、あまりの光景にかくんと顎を落としたティナの様子に――まったくお構いなく、にこっと微笑んだ。
「これから、左大臣様のお付きとして、同行させてもらうから、よろしくね!」

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