Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 混血児の隠れ村  
* * *
――北の大地



「寒い!!」
 ティナ・カルナウスは、思わず叫んだ。
 いや、ご当地北の大地は、極寒のゼルリア王国よりもさらに北にある関係上、寒いに決まっている。
 しかし、温かい肌着の上に毛皮を着込んで、手袋なんか三重にしているのに、それでも寒くて寒くて凍えそうなところに――なんと、魔物の群れが襲ってくるとは、どういう嫌がらせだろうか。
 この北の大地の道中も、これで三日目――アルフェリアの案内だと、この、黒い森のどこかに、混血児たちの隠れ里があるとの話なのだが。
「ああ寒い本当に寒い、死ぬほど寒い! 炎なんか出せない出せても消えちゃう!」
「ティナー。なんか元気だよねー」
「そんなわけないでしょっ! 寒くて死にそうよ! ああったくこいつらしつこい!!」
 クルスがのんびりと突っ込むのに、激しく異を唱えながら、ティナは口の中で火の術を唱えた。
 詠唱の中、こちらに襲い来る魔物の進路を、カイオスとロイドの剣が阻む。
「いや、ティナは元気だと思うぞ!」
「…確かに、それだけ喋ることができれば、な」
 二人からも同様に、しかも諭されるように突っ込まれて、ティナは頬を膨らませた。
 思わず、カイオスの方を睨む。
「何よー。シェーレンで氷が必要だったときは、あんたダウンしてて、ほとんど魔法使ってくれなかったくせにー」
「…」
「え、何っ!? 左大臣様が倒れたの!? 砂漠の国で? お労しい!!」
 話に無理やり入りこんで来たのはレイザだった。
 彼女も、地水火風の四属性に次ぐ三属性――炎の属性継承者として、寒さには耐性がないが、その魔法の属性は魔族の弱点として、大いに効果がある。――にもかかわらず、わざわざ詠唱を止めて、レイザはティナに詰め寄った。
「ちょっと、どういうこと!? あんた、まさか左大臣様を看病して差し上げたとか、そういうこと?」
「え、ちょっ、まっ…。まあ、看病は、したけども!!」
「なんてこと!!」
 レイザは、衝撃にのけぞった。
 くらりと戦闘の最中、可憐に地面に倒れこむ。
 くっと、親指を噛んで、ティナを上目遣いににらみつけた。
「う、羨ましすぎる!!」
「………」
 思わず、顎を落としたティナを尻目に、話題の人カイオス・レリュードは聞かない振りをして、着々と魔物の数を減らしていった。
 エカチェリーナが、――こちらも、強力な結界で護りをサポートしながら、面白そうに囁いた。
「ああ言ってるんだから、もう一回てきとーに倒れてやりなよ」
「…断る」
「あら、そっけないねぇ」
 レイザが加わってから、何かと騒がしい集団行動が続いていたが、だからといって、それで戦闘時の陣形が乱れるわけではない。
 むしろ問題なのは、そんなやりとりに全く関与せず、黙って道案内をするアルフェリアの寡黙さだった。
 特に、喋らないだけなのは、いいとして、そこには思いつめたような影がある。
 能天気なクルスやロイド、距離感を大切にするエカチェリーナと、左大臣様以外に興味のないレイザはともかくとして、人のことに干渉するなと釘を刺されたカイオスと、そしてティナも、そんな彼に話かけられないでいた。
(干渉するなって言われても…)
 気になってしまうのは、仕方ないことだろうか。
「なあなあ、一旦よー、広いところに出ねーか?」
「そうだねぇ。ここじゃ狭くて大掛かりな魔法が使えないからねぇ」
 一旦魔物を巻くために、走り出した人の波の中で、ふと隣りを走っていたレイザもそのことを呟いた。
「ねえティナ…。アルフェリア様、何か様子がおかしくない? 暗いって言うかさ」
「そうね…」
「北の砦で、北方領主さまが、言ってたことと関係あるのかな?」
「あー…」
 北方領主は、アルフェリアを、混血児や異民族の隠れ里出身と言った。
 そこへの道案内をさせるための暴露だったが、アルフェリアは、目に見えて、村のことを――そのことについて、仲間たちから何か聞かれるのを、避けているように見える。
「うーんと…」
 言っていいものか迷いながら、ティナはそっと囁いた。
「アルフェリア自身からちらっと聞いたんだけど…」
「うんうん」
 こちらの意図が分かったのか、レイザも声をひそめる。
 ティナは一つ頷いて、走りながらも何とか聞き取れる程度の声で、応えた。
「実はね、アルフェリア、村を追放されてるんだって…」
「え、そうなの!?」
 レイザは、猫のような目を、見開いた。
 そこから、少女らしい詮索がはじまるものだと思っていたら、彼女は予想に反して、ふっと瞳を翳らせた。
 ワインレッドの――堕天使の力を継承した者の持つ瞳が、雪の白さを映して、物憂げに輝く。
「仲間はずれ、か。それは、つらいわね」
「………」
 そういえば、レイザ自身も――。
 ティナは、改めて思い至った。
 堕天使という、『天使でありながら、天使ではない』存在を宿した彼女も、『普通の』混血児とは、違う。
 だからと言って、普通の人間でもない――。
 そこら辺の境遇は、カイオス・レリュードにも、通じるところがあるのかも知れなかったが…。
「私ね、ティナ。ちょっと聞いてくれる?」
「うん?」
「皆、左大臣様が、アレントゥム自由市を滅ぼしたって…その原因を作ったって…言ってるじゃない」
「………」
 ティナは、思わず言葉に詰まった。
 それは、――以前の自分が、彼にぶつけた言葉。
 そう、対外的にも対内的にも、石板を持ち出した原因を作ったのは、カイオス・レリュードだと――他ならぬ本人が認めている。
 それは、同時に七君主の攻撃で崩壊した街の責任を、自らが負うということも、暗に示していた。
「だけどね…本当は、私、その場にいたのよね。――カオラナ様が――七君主が、街を滅ぼそうとするところに。――本当はね。カッコイイこと言えば、私が『止めなきゃいけなかった』。けど、私怖かったの」
 レイザは、何かとても重要な――そして、とても苦しい胸の内を、微かな微笑みに乗せて、語っているように、ティナには聞こえた。
 彼女は、黙って続きを待った。
「私は、『人間』を裏切ったの。魔族の側に、ついたの。けど、結局カオラナ様に捨てていかれて――。左大臣様に剣を向けて…。挙句の果てには、『人間の味方のような顔』をして、フェイ様を助けに行こうとしている」
 紡がれるたびに空に散る白い吐息が、彼女がさらす事のできなかった胸の内のものを、体現しているようだった。
「私…絶対、フェイ様を助けるから」
 ほっと一息ついて、レイザはこちらを見上げた。
 何も言うことが出来ないティナの目に、その笑顔はとても澄んで見えた。
「私的に、あんたはライバルなのよね。だから、言っとく。これで誓いを破ったら、恥ずかしくて、これ以上左大臣様に愛を告白できないわ!」
「え!? ら、ライバルって!」
「ふふ」
 レイザがにこっと微笑んだ。
 その時、ちょうど森が開けて、戦闘に適した場所に出る。
「よーっし! 一気に叩くぞ!」
 ロイドが、大剣を構えながら、にやりと笑う。
 剣を使う男たちが前衛を固め、ティナとレイザは、炎の魔法の詠唱に、集中する。
 戦闘が再び開始されようとする。
 ――その時だった。
「ぎゃう!!」
 熊の形をした魔物が、鋭い雄たけびを上げて、どう、と地面に倒れ伏した。
 その背には、幾本もの矢が、突き立っている。
 見た目には、何の変哲もない、飛び道具。
 だが、
(魔法が、矢じりに封じられてる…)
 魔道士特有の目で、ティナは見切った。
 物に魔法を宿すこと自体が、かなりの高度な技術を要すること。
 それに加え、埋め込まれた魔法自体も、相当の密度と完成度を感じさせた。
「大したもんだね…。とても繊細な技術――いや、芸術だ」 
「一体誰が…?」
 何者だろうか。
 身構える間もなく、瞬く間に、魔物たちが倒されていく。
 円形に開かれた広場の、ほぼ全ての方角からの、一斉射撃。
 ――囲まれている。
「………敵じゃなきゃ、いいね」
 エカチェリーナが、防御魔法を唱えた。
 相手がこちらの味方とは限らない。しかも、知らない内に周囲を囲まれたということは、地の利は完全にあちらにあると見ていい。
 身構えたティナたちに木々の間から、声が流れた。
 それは、硬質な冷たい氷のかけらより、なお冷たい響きを放っていた。
「何者…か。我らが住処を勝手に荒らすとはな」
 がさり、と。
 茂みが割れて、そこから一人の人の形をした影が、吐き出された。
 青銀の髪。
 碧色の瞳。
 彫刻のようなたたずまいの異民族が、そこにいた。
 そして、その後ろには――何人かの、『混血児』。
 銀の髪、藍の瞳を持つ者たち。
 その魔力は、天使の力を後ろ盾に、強大なものと囁かれる。
「返答如何によっては――この場で死んでいただく」
 彼だけではない――ティナたちを包囲した、声なき殺意の真ん中で、――ティナたちを睥睨した男は、温度のない目を、静かに細めた。

* * *
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