Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 混血児の隠れ村  
* * *
 天使を身にまとわせる者――それを『混血児』と称し、その混血児の大半は、青銀の髪と碧の瞳を持つ異民族だ。
 ――混血児には、迫害の歴史がある。
 『混血児』――それは、その身に天使を宿した者たちの総称。
 彼らのほとんどは、1000年の昔、天使と魔族が地上で激突した第一次天使大戦時――消滅した東側の大陸から移り住んできた、『異民族』と呼ばれる人々に宿った。
 感情を持たず、地上で純朴に暮らしていた人々――その中でも、青銀の髪と碧色の瞳を持ち、神と天使を崇めた一族。
 『生命』すらも操る、高度な文明を持った天使と悪魔の激突は、彼らの暮らす地を、その大陸ごと消し去るに、十分な力を持っていた。
 自らを崇める一族を、そのまま見殺しにできなかった、一部の天使たちの厚情で、異民族たちは、現在のミルガウスやゼルリアのある第一大陸に移り住むことができた。彼らは、大戦の中で、生き延びることができたのだ。
 しかし、その後、彼らを助けた天使たちは、その傲慢さからに大戦を起こした元凶として、神に天界を追放され、地上を彷徨う定めとなった。
 しかし、天界の清浄な空気に比べ、大戦の戦火で荒廃した――しかも、大戦を通じて『感情』を得た人々から向けられる、憎悪の眼差しに――精神体である天使たちは耐えられなかった。
 彼らは、人間に宿ることで、生き延びる道を模索した。
 天使たちを受け入れたのは、かつて彼らが第一次天地大戦で助けた『異民族』。
 青銀の髪、碧の瞳を持つ彼らは、天使たちを受け入れることで、銀の髪、青の瞳を持つ『混血児』へと変化を遂げた。

 ――思想や信条が違う人間たちがまとまるためには、共通の敵を作るのが、一番手っ取り早い――『天使』を宿した混血児は、その最たるものだ。長年――さまざまな国で、利用されてきた。



 それが、新たなる迫害の、象徴となることとも知らず――。


(混血児…)
 それは、天使を宿すものの総称。
 ティナも、クルスと共に旅をする中で、その姿を見たことがある。
 大抵は、小さな子供――天使の自己治癒の力で、生命を落とす傷からすら復活することのできる彼らは、成長するにつれ、目や髪の色を自在に操る術を持つ。
 だから、成年した混血児は――自らの姿を偽ることのできる彼らは、一目に自らの正体を、望んでさらすことは、ない。それを、あえてしているということは…。
(ヤケ起こしたか、こっちを生かして帰す気がないか…)
 こちらは、6人。
 しかも、属性継承者が三人と、魔力の高いエカチェリーナ、魔法では大人にひけを取らないクルスがいる。
 常識的に考えれば、こちらが勝つに決まっている。
 だが――ティナたちを取り込むように、こちらを円状に伺う、声のない何人も気配。
 それは軽く10を下らない。
(場合によっちゃ…)
 このまま襲い掛かられると、果たして防ぎきれるかどうか――。
 副船長もそうだったが、混血児の魔力というものは、ティナたち普通の人間のものとは比べ物にならない力を秘めている。
 属性継承者たちの魔力を総動員して結界を張っても、打ち負ける可能性を、否定できない。
「どうした。我らの同族を辱めるばかりか、唯一与えられし安息の地をすら、土足で踏みにじるのが、お前達人間の流儀か!!」
「違う!!」
 恫喝した異民族の男に、反射的に怒鳴り返したのは、ロイドだった。
 海賊の船長は、ぎりりと歯を噛みしめた。
 がたがたと震える体が、それまで抑えてきた激情を爆発させたかのようだった。
「俺達…人間ってヤツが、あんたらの仲間を傷つけちまったのは、軽々しく謝っても…謝りきれねーよ…!! それを許してくれって、いえる立場でもねぇし…。けど、今回俺たちが助けたいのは、あんたらの仲間なんだ。あんたらの村ってヤツに、行かなきゃいけねーんだ。頼む、頼むよ…!!」
「………」
 ロイドの感情に任せた言葉には、『人間』が『混血児』に向ける敵意はなく、むしろ懇願の色が、ありありと顕れていた。
 意外なことを聞いたように、黙り込んだ異民族は、だが、感情に任せた故に、要領を得ない説明に眉をひそめる。
 さくりと雪を踏みしめて、ロイドの傍に歩み寄ったのは、カイオス・レリュードだった。
 肩で息をしているロイドをやんわりと押しのけると、真っ向から異民族と向き合った。
 青と碧。
 視線が遮ることなく、最短の距離を滑って相手に突き刺さり、内面まで抉り出すかのように向かい合った。
「…アクアヴェイル人か」
「……」
 言葉ではなく、静かに頭を振った青年は、胸元から千年竜の紋章を取り出した。
 ミルガウス王族と、高位官吏のみが、持つことを許された究極の身分の証――。
「な…」
 何で、アレントゥム自由市の一件で、身分を剥奪された彼が、紋章を持っているのか。
 一瞬考えたティナは、だがすぐに、昔アベルから「お父様はカイオスの紋章を取り上げてない」と聞いたことがあると思い出した。同時に、これまでの道中、彼は一度として紋章を出すことはなかった――それをすることは、それだけ大変な事態なのかな、と頭の片隅で考えていた。
 しゃらりと清々しい音を立てて衆目にさらされた紋章は、美しい意匠を余すところなく晒し、見る者を惹きつける。細部にまで施された細工の妙は、それが大抵の職人には決して真似できないことを暗に見せつけている。
「………ミルガウスの」
「このような身なりですが、官位をいただいております」
「何百年もの長きに渡って我々を虐げし国の官吏が、おめおめと我々の前に姿をさらすか」
 碧の光を宿す目が、激昂の色に染まった。
 怒気に当てられたように、周囲の空気が悲鳴を上げて立ち上がった。
 魔力の発現。
 身構える人間達の真ん中で、一人平然としたカイオスは、目を細めて相手を睥睨する。
 そこにあるのは――限りなく温度のない感情…差別を伴わない、純粋な侮蔑。
「こちらに敵意はない。ただ、話をするのに出自を明かさぬは無礼と心得、申し上げただけのこと。それを、国の名を聞いただけで、こちらの真意を問わず排斥するのが、あなたがたの礼の取り方か」
「何!?」
「先ほど、申し上げただろう。我々は、我々の仲間を助けたいだけ」
「仲間…『混血児』を助けに来た、と言ったな。混血児を仲間と嘯くか」
 言葉が怒りを呼び、怒りは更なる魔力を呼ぶ。
 それは、大地に降り積もった雪を抉り、砕氷を風に乗せて、真っ向からティナたちへ叩きつけられてきた。
 思わず顔を覆う人間たちの真ん中で、やはり表情を変えないカイオスは、その怒りに冷水をかぶせるように、さらりと言い捨てた。
「シルヴェア国第一王位継承者フェイ・シエル・ルーヴェ・シルヴェア」
「フェイ…!?」
 その名を聞いた刹那だった。
 男を取り巻く魔力が、もろく崩れ去る。
 怒りは一瞬でなりをひそめ、代わりにそこに表れたのは、狼狽――。
 明らかに態度を変えた男に追随するように、ティナたちを取り巻いていた幾多の気配たちも、ざわめいたのがわかった。
 少なくとも、殺気は消えた。
 ティナたちもほっと胸をなでおろす。
「びっくりしたー。左大臣様、火に油を注いでるようにしか見えなかったんだもんー」
「そうね…」
 レイザが肩の力を抜いたのを横目に、ティナもそっと言い返した。
(出自…ね)
 あれほど、出自を――ミルガウスとも、あまり関わりを持たないようにしていたように見える――隠していた男が、よくもそんな言葉を言ったものだ。
 それは、混血児の男に対する礼を表すためとして、便宜上そのように言っただけかも知れないが――
(ちょっと…変わったの…かな)
 そんなことを、ぼんやり思いながら、じーっと男の背中を見ていると、何気なく振り向いた本人と視線が合った。
「…」
(わ! やばい…)
 何となく視線を逸らしてしまった。
 そんな彼女の耳に、異民族の男の言葉が――憔悴した男の言葉が、口早に入ってくるのを感じた。
「『フェイ』と言う名は、間違いないのか」
「ああ」
「分かった。村に案内しよう。その言葉に偽りありと判断した場合――身の安全はお約束しかねる。そこは、ご覚悟いただこう」
「構わない」
 男が一つ首を傾けると、森に潜んでいた何人もの異民族や混血児たちが姿を現した。
 男女合わせて、10人は下らない――それぞれが、鋭い視線をティナたちに注ぎ、物言わぬ感情を淡々と伝えていた。
「それから、もう一つ。ミルガウスの御仁。あなたの後ろにいるゼルリア人の男は――元々我らが村のご出身だろう?」
「…そのようだな」
「そして、双碧の女。こちらは、異民族の身でありながら、シルヴェアの魔道士の位を極めた女。――そして、その力を持て余し、多大なる犠牲を出して、我らが民族の風評を地に貶めた」
「…」
「この極寒の地に、放り出すとは言わない。だが、二人はこちらが用意した建物から、外には出ないでいただこう」
 あまりと言えばあまりの言い分に、何か言いかけた仲間たちを制して。
「いいぜ」
「まあ、仕方ないよねえ」
 アルフェリアとエカチェリーナは、あっさりと同意した。
「そんな…!! いいの?」
「言ったろ、ティナ。オレは、村にとっちゃ『厄介者』、なんだよ」
 視線を合わせず、一息にそういった彼の表情は硬い。
 だとしても、理不尽すぎる。
「あんまりだわ」
「何だ。人間風情が」
 思わず、身を乗り出したティナと、異民族の男の視線が、がっちりと真っ向から激突した。
「…」
「…!!」
 きっと睨みつけるティナを、最初は何の気なしに睥睨していた男だったが。
「お前…いや、貴女様は…!!」
 ふと、何かに気付いたように、その表情が変わる。
 まるで、無防備にあけた口の中に、冷たい雪の塊を突然突っ込まれた――ような、表情。
「へ? え?」
 ぱちぱちと瞬いたティナは、自分が何か気に障ることをやってしまったのかと、とっさに考えた。
 だが、すぐに思いなおす。
 気に障ったのであれば、『貴女様』とは言わないだろう。
「まさか…彼女は」
「本当だ、あの方が…!!」
 周囲で、他の混血児たちも、ざわざわと声を上げた。
「ティナ、お前…」
「ティナー、知り合いなのー?」
「え、えと…えと…。えっと?」
 アルフェリアとクルスが、探るように問いかけてきた。
 実は、一番状況に取り残されているのは、ティナ自身だったりしたのだが。
「不死鳥憑きの巫女…」
 戦いた一人の混血児が呟いたその言葉に、彼女は思わず息を止めたのだった。

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