Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 過去からの使者
* * *
 混血児の村には、しんしんと雪が降り積もっていた。
 10年前の、あの時も――。

「よぉ。ディーン」
「………」
 名前を呼ばれ、振り向いた異民族の前に、開きかけた扉に半身を預けた、黒髪のゼルリア将軍の姿があった。
 混血児の村の村長は、そっけない仕種で視線を戻した。
 その先には、今だ昏々と眠る副船長――フェイの姿がある。
 自身の血のつながった実の兄弟が、目を覚まさないかも知れない…――その事実をロイドやアベルに伝えるときすら、彼はあまり表情を変えなかった。
 そのアベルとロイドを部屋から閉め出し、一人眠る混血児に相対する時すら、その表情は平らに、平静を保っているように見える。
「ほんと…懐かしいよな。副船長なんて、結構前から知ってんのに、全然気づかなかったわ」
 『人形に向かって喋っている』――というのは、その副船長と始めてであった頃に抱いた印象と、ほぼ重なる。その辺は、さすが兄弟、なのか。
 10年以上前、生き別れになっていても、どこかで繋がっているのかも知れない。
 では、自分とジュレスは――そう思いかけた思考を、将軍はとめた。
 紛らすように、へっと笑った。
「ほんと…お互いかわいげなくなったよな。昔は弟みたいに、じゃれ付いて来てたのに」
「何をしに来た」
 異民族は、再びこちらに背を向けて、ぶっきらぼうに投げつけてきた。
 皮肉なことに、何も語らない背中は、何も語らない顔の表情より、人間味があった。
 アルフェリアは苦笑する。
「…嫌われたもんだな」
「村人は、全員がお前のことを恨んでいる」
 言い放つ声は、石造りの床に硬く反射して、耳に冷たく響く。
 アルフェリアは、ごく静かに苦笑した。
 何も語らない背中は、何も語らない表情より、多くを語りかけてくる。
(昔は――)
 目を細めて、記憶を辿る。
 できるだけ透明な意識で、その過去を探る。
 あれは――今から、15年近く前、自分が、そこそこ10才程度のほんの子供だった時分だった。

「当時、オレは『本当に』10才で、そのとき起きてた出来事の、全部を分かってたわけじゃなかった」
 雪の降りしきる、ゼルリア北方の地に、ひそやかに存在する異民族の村。
 慎ましやかに点在する家々から外れ、少年と精霊は、連れ立って歩いていた。
「そうか…僕は、すでに主――妾将軍の命によって、海底で眠っていたから、詳しい事の次第は、分からないんだけれど」
「そうだね。そんな風に眠っている君すら、うっすらと感知するほど――急激な変化が、地上に起こったんだ」
 前後に歩く二人のほか、人影はない。
 誰にも聞かせたくない話だから――周囲には余計に気をつけてしゃべっている。
 少年の、あどけない口元が、うっすらと笑った。
 それは、歴史を――過去を思い出して、あたかも愉しんでいるかのような、口ぶりだった。
「第二次天地大戦」
 空白の歴史。おぼれた記憶。
「誰の記憶にも存在しない時間の空白が、十数年の長きにわたって、存在している――」
「…」
「けどね。歴史は『消えた』んじゃない。『消された』んだ」
 少年は、ぴたり、と立ち止まった。
 精霊も、釣られるように足を止めた。
 白い世界の真ん中で、二人の少年の影が、さびしく大地に二つの影を落としていた。
「時のヴェレントージェ国女王――当時の『光の属性継承者』によってね」
「そうしなければならないほどの、惨事だった…」
「一部の人間にとって、だよ。そのせいで、世界中が巻き添えを食ったんだ」
 愚かな、話だよね、とクルスはそのまま蒼天の果てを見上げた。
 悲しいほどに晴れ渡った空。
 いつも、下界の喧騒を見下ろしながら、決して穢れることの無い、透明な青。
「人間同士の、つまらない戦争が、人々の狂気を呼び覚ました――。それに対して、反対を唱えた、一人の男がいた。男は、――天に反旗を翻した。『神の怒り』を、買ったんだ」
 悲しき英雄――。
「ストラジェス…」
 凍えた吐息が、空中に散っていく。
 憧憬を称えたような瞳が、ひたすら青い空を映し込む。
「………」
 立ち尽くす少年に、どこか寄り添うように、精霊もまた、透明な空の果てを見上げたのだった。

* * *
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