Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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    序章 おはなしの始まり 
* * *
 天と地とが、地上でぶつかりあった、一つの悲しい戦争があった。
 歴史に忘れられた、二つ目の戦争があった。
 忘れられた歴史に、うずもれた真実があった。
 それは、時をさかのぼること、100年前。
 大空白時代の物語――。

「後の歴史が、それをなんて評価するか、実はちょっと興味があったんだけどね。だけど、結局歴史は忘れ去られてしまった」
 二人の人間が、距離を隔てて向き合っていた。
 一方は、金の髪に青の瞳を持ったアクアヴェイル人の青年。旧友を呼ぶように親しげに目を細めている。
 他方は、栗色の髪に紫欄の瞳を持った少年。張り詰めた光をその目に湛え、襲いかかろうとする獣をけん制するように、睥睨している。
 清廉な水の音が、さあさあと流れていた。
「久しぶりだね。『シェキア・リアーゼ』」
「………」
 蒼い光を放つ石造りの部屋は、円形に切り取られ、奥まった部分に簡素な祭壇がしつらえてある。
 祭壇の前に立つ少年は、少女のようにもとれる中性的な顔の輪郭を、来訪者への誰何の形に緩めた。
「あなたは…」
「顔が変わったら、君さえ僕の事を認識してくれないとはね。残念だよ」
「…ストラジェス、か」
「それは、前の名前。現在の名は、『ケイン・カーティス・アクアヴェイル』」
 詩吟をそらんじるように、アクアヴェイル人の青年は手を広げた。
 くすくすと笑いながら、一歩、少年に近づく。
「現在の…。まさか、他人の時間を捻じ曲げてのっとったわけではないよね。ストラジェス」
「さあ? でもこの人間、何でも、優秀な臣下と引き比べられて、国の関係を左右する人質に望まれなかったことが、かなりのショックだったみたいでさ。まあその『臣下』のほうは、任務を果たす前に一回死んじゃったから、怪我の功名ってヤツなのにね」
「………」
「彼は、そのことも随分ショックだったみたいだよ。『自分の代わりに、大切な臣下が死んでしまった』って」
 目を細めて、アクアヴェイル人は、くすくすと笑った。
 こつり、とまた足を進める。
 少年は、平静な面持ちで、その独白を聞いていた。
 やがて、
「そうか」
 と静かに呟いた。
 そこにつけこんだか、悲しき英雄、と淡々とつむいだ。
「悲しき英雄、か。それは勝者が敗者に突きつけた驕りだよ。そうは思わないかい?」
「そうかも知れない。だけど、その行動によって、君が一人の女性を悲しませた事実は、決して覆せない」
「ああ、ティアーナか。あれは、僕が悪いんじゃない。彼女が…――裏切ったんだ」
 アクアヴェイル人の青年は、ぎりり、と唇をかみ締めた。
 血が滲んで、赤い筋が一筋、白い肌を伝う。
 激情の一片を、伝えるように。
「僕の思いを、踏みにじった…」
「………ストラジェス」
「昔話は、このくらいにしようか。シェキア・リアーゼ」
 こつり、とまた青年は少年に近づいた。
 手を伸ばせば触れる位置に、二人はいた。
「ストラジェス」
「お前の背後にある、その『祭壇』――僕の神具。返してもらおうか?」
「…これは、いまや神剣の力の波動を調整する要のものだよ。それを君に――むざむざと、渡すと思うかい?」
「ふうん、随分と生意気な口を利くね、『偽者の』巫女。今ださまよう、現世(うつしよ)の亡霊」
「………」
 こつり、と青年はまた一歩進んだ。
 青年の目の中の光が、狂気を帯びている様が、少年にはっきりと見えた。
「風が、暴発した。闇の一角を消し去った。罰を与えるのは――僕の仕事だから、ね」

* * *
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