Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 再び見えた『君』
* * *
 シェキア・リアーゼは、『表巫女』と呼ばれていた。
 ティアーナ・カルナ・ティウスは『本巫女』と呼ばれていた。
 実の姉弟でありながら、めったに顔を合わせたことはなかった。
 幽閉されていたティナの代わりに、村の祭事を担う『巫女』が実は男兄弟だという事実さえ、彼女は長い間しらなかった。
「シェキア・リアーゼ」
「ティアーナ」
 血の匂いが、白の学院古代図書館の地下に充満していた。
 膝をついて駆け寄ったティナに、巫女装束をまとった少年は、透明な視線を向ける。
 紫欄の瞳。
 不死鳥憑きの巫女の『証』とされる、特異な色。
 自分と同じ色の視線を受け止めて、彼女は改めて自分の正体をかみ締めていた。
「ティアーナ、なんだね」
「ええ」
 こちらを必死に見止める視線を、ティナはしっかりと受け止めた。
 労わるようにその身体を支えながら、周囲の様子に目を滑らせる。
 清廉な水の音が囲む円形の神台は、無残にえぐれ、瓦礫が所々に散らばっている。
「ここ…ストラジェスの神具が安置してあった場所でしょう? 何があったの?」
 問いかける最中も、遠い昔ストラジェスを倒した後の記憶が――嵐が吹きすぎていくように、彼女の心を波立てていく。
 強大な属性の源泉たる神剣。
 その力を制限する神具を手にし、力を爆発されたストラジェスを倒した後、その神具の保護と管理が必要となった。
 属性継承者たちで話し合った結論は。
「お前、本当にその時代の人間だったのか」
 いつの間にか傍に来ていたカイオス・レリュードが、血まみれのシェキアの傍に膝をつく。
 カイオスは、『記憶を取り戻した』ティナが語った『大空白時代の真実』の長い長い物語を、言葉をはさむことなく、ただじっと聞いていた。
 始めて何かを問いかける視線に応えて、ティナは口を開いた。
「うん。私がストラジェスを倒したところまでは、さっき話したとおり。彼が死んだ後――第二次天地大戦終結後、神剣の力を制御する神の呪具の存在は、あまりに危険と考えられた。だから、時間と空間が歪められた白の学院地下に安置され、シェキア・リアーゼが護りの任につくことになった。
 そして、その存在自体を人々の記憶から『完全に消し去るため』、ヴェレントージェ国女王が、『光』の属性魔法を使った。そして、『歴史が消えた』」
「…とんでもないな。それが、『光』の属性魔法の力、か」
 『歴史が消えた』ことに対するカイオスの呟きに、ティナは微かに口の端を吊り上げる。
「ほんの一部、よ」
「一部…」
「混血児の村で、アベルがフェイの羽の傷を癒したんでしょう? あれは、光の属性魔法の『復元』の力。たぶん、回復魔法が得意なフェイも、あそこまでの回復術は使えない。逆に、当時のヴェレントージェ女王が用いたのは、『消失』。しかも、全世界すべての人間の記憶を操るほどの力を行使した――その代償として、彼女は死んだでしょうね。私は…、たぶんその時に記憶を一緒に消されて、ずっと『記憶のないまま』今まで来たクチだから、さ」
「存在、そのものを操る…か。滅茶苦茶な力だな」
「さすが」
 ティナは、さらに続けた。
「しかも『有形無形』問わない。『天使の羽』だろうと、『記憶』だろうとね。もともとは、始まりの人が一、天使イオスの用いた力。四属性とは一線を画す――『生命』さえ操り得る、本当に凄まじい力よ」
「生命、か」
 カイオス・レリュードは、どこか考えるそぶりを見せたが、それ以上は何も言葉にせず、話題を戻した。
「で、お前がストラジェスを倒して、当時の光の属性継承者が『大空白時代』を作り出した後――シェキア・リアーゼが長年護って来たストラジェスの神具の安置場所が――今、どうしてこうなっているんだろうな?」
「それは…」
 カイオスと共に、ティナも視線をシェキア・リアーゼに移した。
 シェキア・リアーゼの居たこの空間は、古代図書館の地下――通る者の知識に応じて導く部屋を変える扉によって、護られている。
 大空白時代のことを求める人間は、100年前の光の属性継承者によって『消された』時代の文字で問いかけられ、完全なる『解』を導くには至らない。
 現に先ほど、ティナが無意識に『ヴェレントージェ』と読み解くまで――魔法や歴史に造詣の深いカイオス・レリュードすらも、その国の名前を知らなかったのだ。
「………」
 無言の視線を受けて、血まみれの巫女は唇を噛んだ。
 悔恨と迷い。
 この部屋で起こった出来事を、話し出せない戸惑いを受けて、ティナはそっと差し出すように告げる。
「『白昼夢』を視たの。たぶん、この部屋の過去」
「!」
 はっとしたようにこちらを見たシェキアの瞳が、怯えるような、案ずるような複雑な色を浮かび上がらせている。
 ティナは、その恐れを真っ向から受け止めた。
 目を逸らしていては始まらない。
「100年前の光の属性継承者が、歴史を消した後、私たち以外誰もたどり着くことが出来なかったこの場所に、たどり着いたヤツがいた」
 シェキア・リアーゼと面を向かい合わせて、対峙する人影。
「侵入者はアクアヴェイル人の姿をしてた――だけど、中には違う『人間』が棲んでたわよね。憑依かしら」
 ぼんやりとした夢の残滓を辿りながら、ティナはあることに気づいた。
 夢の中で視た『アクアヴェイル人』は、現実で見たある人物と面影が同じだった。
 『在るようで無い』印象を持った――
「その男――現在の名は『ケイン・カーティス・アクアヴェイル』って言ってたわね」
 ティナはある確信をもって、視線をカイオス・レリュードの方へ向けた。
 青年の顔色が、はっきりと変わっている。
 彼にとってその名前は、単なる『名前』以上の意味を持っている。
「アクアヴェイル国王」
 青年が呟く言葉に、ティナは静かに首肯した。
「広場で見た時も、さっき白の学院前で見かけたときも、『印象がわからない』顔してたけど、これで納得がいくわね。一人の人間に『二つの』魂が入ってるんじゃ、存在がぶれて当然よ」
「二つの魂、か」
 青年は、思考へ意識を飛ばしたように、二三度瞬く。
「ということは――見た目はアクアヴェイル国王の容姿をした、歴史の空白の真実を知る『何者』かが、この部屋に侵入して神具を奪っていった、ということか。厄介だな」
「ええ」
「で、それは『何者』だったんだ?」
 問いかける青年の目の奥には、ティナが真実を知っているという確信と共に、彼自身がその正体に目処をつけているかのような光も瞬いている。
「ストラジェス」
 その声は、ティナから発せられたものではなかった。
 カイオスでも、シェキア・リアーゼでもない。
 第四の声色に驚いて三対の視線が振り向いた先に、その人物は居た。
 『実体があるようでない』。
 ただアクアヴェイル人特有の金色の髪だけが、鮮やかな実体の感覚を持って、ティナの目に鋭く突き刺さった。
 それは、蘇った『過去』から受けた傷と相成って、縫いとめられたようにその場から動けなかった。

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