Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 悲しき英雄
* * *
 彼は『表巫女』と呼ばれていた。
 彼女は『本巫女』と呼ばれていた。
 血はつながっているのだろう、と思う。
 しかしその意識が希薄なのは、彼女と顔を合わせたことすら数回程度、――祭事などで世界中の国に招かれる自分と違い、彼女はいつも、村の最奥で『不死鳥憑きの巫女』としての本分を果たしていた――『姉弟』と呼べるつながりを感じたことが、皆無に等しかったからだ。
 ただその役目を果たす人形。
 それが、彼が最初に抱いた、実の姉に対する印象だった。
 自分が彼女に代わって女装する羽目になった軽口を叩いてやろうか、とすら思っていた軽い気持ちは一瞬のうちに立ち消え、自分の肉親の、その表情の冷たさに鳥肌がたったことを覚えている。
(だけど、彼女は変わった)
 シェキア・リアーゼは、ふっと微笑んだ。
 ストラジェスと出会って。
 四属性継承者と出会って。
 彼女は変わった。
 そして、さきほど顔を合わせた彼女の中には、あふれ出んばかりの生命力が湛えられていた。
 彼女になら、託すことができる。
 最後に残された、ストラジェスの神具。
(頼んだよ…)
 獲物を逃がされたストラジェスが近づいてくる。
 足止めをしなければ。
 だが彼の意思に反して、手も足も身体も、地面に投げ出されたまま、ぴくりとも動かなかった。
 彼の体力は怪我により奪われ、頼みの魔力も底を尽きかけていた。
「ティアーナ…」
 心なしか、視界が暗い。
 影が差したような紅い闇の中で、すぐ傍まで来た気配から、凶悪な魔力が立ちのぼったのを、どこか夢うつつに感じていた。


「なぜ」
 そう問われるように囁きが漏れて、ストラジェスは、シェキア・リアーゼへと振り下ろそうとしていた手を止めた。
 集めた魔力が霧散し、空に散っていく。
 余韻で起こったそよ風に髪を乱されながら、彼は足元に横たわる人間を、無感動に見下ろした。
 血が張り付いた髪の毛が顔を覆い隠して、シェキアの表情は分からない。
 口の端からは、呼吸するたびに血の泡が覗いていた。
「なぜ、君は神具を…いまさら、ティアーナを求めるんだ?」
 うわごとのように聞こえた。
 それとも、せめてもの足止めのつもりか。
 今際の際に繰り出された言葉を、弄するのも面白かったが、彼はあえて答えてやることにした。
 この問答を、死への手向けにくれてやるのも悪くないかもしれない。
 ストラジェスは片膝をついて、シェキアの方にかがみ込んだ。
 ようく聞こえるように、耳元へ口を近づけた。
「僕は、神の力を手に入れたんだ」
「………」
「ティアーナを救うために」
 シェキアの口元が微かに動いたが、漏れ出したのは空気の漏れる音だけだった。
 事切れるのも時間の問題か。
 聞こえていない可能性も承知で、ストラジェスは続けた。
「神の力を手に入れれば、戦争は終わる。ティアーナを生贄に捧げなくても済む――そう思っていた。
だけど、実際にその力を手に入れてみて気づいたんだ。僕は間違っていた。ティアーナの力は――」
 ぽつり、と水が滴るような静寂の中で、ストラジェスはその言葉を囁いた。
 シェキアはぴくりとも動かない。
 あるいは、すでに死んでしまったのかも知れない。
 だが、今の彼にとって、それは問題でなかった。
 言葉を聞かせること。
 紡ぐこと。
 誰にでもない、誰かに対して。
 それが、現在の彼を突き動かしていた。
「僕は彼女を愛していた。だから、彼女の代わりに、世界を…――」
 幼い憧憬にも似た、無邪気な言葉。
 言葉を紡ぐストラジェスは、その時、確かに一切の警戒心を解いていた。
 だから、『死んだ』はずの人間が、最期の力を振り絞って、突然上体を起こしたときも、何の抵抗もできなかった。
「悲しき英雄」
 荒い呼気に乗せて、シェキアの恫喝がストラジェスを震わせる。
 惚けたような表情の男にしがみつき、残った魔力を一気に解放した。
「彼女はお前の言うようなモノじゃない!」
 自らを道連れに、シェキア・リアーゼは渾身の一撃を叩きつけた。
 空気が膨れ上がり、熱が巻き起こり、強大な爆発が、封印の間を揺るがした。

* * *
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