Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第一章 正統なる継承者
* * *
 最後に後ろ髪を引かれるようにロイドが退出した後には、奇妙な緊張感と沈黙がない交ぜになった空間が、そこに居残った人間たちを縛り付けていた。
 ティナ、カイオス、そしてフェイ。
 図るわけではない、かといって気遣う素振りもない。
 誰ともなく口を閉じた空気は、ティナにとっては、なかなか神経を使う時間だった。
(誰か…しゃべって、早く!)
 かといって、自分から口を開く勇気もないもないのだが。
「悪い。座っていいか」
 戸口のほうから部屋の奥に移動してきたカイオスの何気ない一言で、ティナははっと現実を思い出した。
 彼の足の傷は、まだ相当の療養を必要とする状態にある――。考えるより先に、言葉が出ていた。
「だいじょうぶなの?」
「そうとは言い難い。さっき言ったとおり――当分戦闘は無理だろうな」
 ベッドの傍らの椅子に座りながら平然と言うが、表情に出さないだけで、その一連の動作はぎこちなかった。
 ティナは眉をひそめる。
「七君主が狙ってるってのに…。土の神剣のほうに戦力を割くべきじゃないんじゃ」
「かといって、そのままにしておいていいもんじゃないだろう」
 二人言葉を重ねながら、ティナはふと、そこに第三者の視線を感じた。
 カイオス・レリュードも似たようなタイミングで気づいたらしい。
 二人して視線を移したその先で、表情の乏しい混血児が、どこか感心したように小首をかしげて、自身の肘を抱いている光景に行き当たった。
「…少し見ない間に、ずいぶんと打ち解けたんですね」
「何が」
「どこが」
 答えたのはほぼ同時、フェイはもの珍しいものを見たように、かすかに視線を上げながら、
「少なくとも――死に絶えた都で別れた時には、七君主に狙われているという事実を、気軽に話題にできる空気ではなかったように思いますが」
「………」
 人形のように存在感のなかった人間から、ずばり指摘されるとなんとなく気恥ずかしい心持がする。
(まあそりゃ…見られてるわよね、いろいろと…)
 ティナは内心、ぽりぽりと頬をかくような心地で、あははと力なく笑う。
「それはともかく…何なの? 私たちを引き止めた理由って」
「…」
 フェイは、一瞬目を伏せた。
 長いまつげが白磁のような滑らかな肌に影を落とし、意思の光とともにくっきりと跳ね上がる。
「ミルガウスの王位継承について」
 その声は何かの楔を打ち込むように、しん、とティナをその場に打ち付けた。
 カイオス・レリュードは、特に表情を動かした様子はない。沈黙のうちに、続きを促している。
 あるいは、話題が話題だけに、相手に表情を読まれないようにしているのかもしれない。ティナの目には、フェイとカイオス、二人が互いの視線の先で、互いの意図を推し量っているようにも見えた。
 やがて、先に言葉を発したのはカイオス・レリュードだった。軽い語り口で相手を牽制するように言い放つ。
「混血児、かつ女がミルガウスの正当な王位を穢すわけにはいかない――とか言い出すつもりじゃないだろうな?」
「あなたはそれを問題にしないと?」
「問題にするも何も…ミルガウスの王位継承は、千年竜の神託によって定められている。現に、先王の長男だったお前の父親を差し置いて、現王座に就いたのは次男のドゥレヴァ陛下だった」
「その神託は、絶対だと仰いますか。異国の人間であるあなたが」
「神託に沿わず、別の人間が王位に就こうとした例なら過去にある。天災と人災で開国きっての波乱に見舞われたと何かの記録で読んだが。
 ――当然お前もそのことは知っているだろう、フェイ」
 フェイは、何を伝えようとしているのだろうか。
 ティナは、一連のやりとりで奇妙なひっかかりを感じた。
 『正当なミルガウスの王位継承者』。
 今まで、ミルガウスの第一王位継承者の座は空位とされてきた。
 ドゥレヴァ直系の姫君であるアベルでさえ、王位『第二』継承者にすぎなかった。
 それは、ミルガウスの王者ドゥレヴァが、フェイの生存を確信していたから――その程度の予想は、ティナにもつく。
 だがフェイ自身は、ミルガウス王位継承にどこか消極的なようにも見える。
「ミルガウス王家には、二人の属性継承者の血が受け継がれています」
 やがて、フェイはそう切り出した。
 ティナは無意識にその属性をつぶやいていた。
「『光』と『風』」
「はい。もともとのミルガウス王家は『光』を擁する一族の血を受け継いできた。そこに、異民族の王の血が入り込んだ」
「シェイリィ、か」
「えーと、どこかで聞いたことあるような?」
「ソエラ朝第六十三代国王デュオンの第一女王。彼の正妃だった妾将軍を差し置いて、王の第一夫人の座についた」
「ああ!」
 妾将軍の宝の海域を探索していた際に、確か話してくれた。
 ソエラ朝の大版図を実現した時の王デュオン。彼の妾として多大な貢献をしたカレン・クリストファは、異民族の娘シェイリィに第一女王の座を奪われ、逆上して領土の一部を占拠、独立させてゼルリア王国を築いた――後の歴史はそう語る。
「じゃあ、フェイの一族って…」
「風の属性継承者であったシェイリィの血を継いでいる、と言われます。
つまり、ひとつの王家に二つの属性が根付いている。しかし――現在に至るまで、異民族――異質な血族の出身者が歴史の表に立ったことはない」
「何が言いたい」
「『死に呪われた子』。時の左大臣バティーダ・ホーウェルンが、当時のフェイ・シエル・ルーヴェ・シルヴェアを評した言葉です。
 その存在はシルヴェアにとって危険だと、彼は判断しました。現に、闇はミルガウスに巣食い、数々の犠牲を生み出し、アベル王女の身を危険にさらした」
 その淡々とした物言いは、当初副船長が感じた『戯曲の台詞をつらつらと読み上げる』かのような、どこか自身を突き放した印象をティナに与えた。
 カイオスも同じような思いを抱いたらしい。
 腹の探りあいをするかのような態度を軟化させ、かすかに眉根を寄せた。
「『死に呪われた』? バティーダさまが、そのように?」
「ええ、はっきりと」
「悪いが、ミルガウスに闇が巣くっていた事実と、『異民族が王位継承権を持っている』ことに、因果関係があると思えないが」
「どうでしょう? 風の属性を持つ混血児の強大な力は、闇の七君主を引き寄せ、10年前の闇の石版の決壊、及び光の属性継承者の身を冒されるという事態を招いた。それが賢王の粛清を引き起こした――そう考えることは十分にできます」
「机上の空論というより、ただの暴論だな」
「論理が結実しているかの問題ではなく、可能性の有無の問題です。可能性がある以上…」
 そこでフェイは、一瞬唇を引き結んだ。
 カイオス・レリュードも――さきほどから打てば飛ぶようなやりとりを、呆然と眺めているティナも、ここまでくると、フェイが伝えたい事柄を十分に察することができた。
 言葉以上に明確な――硬い、堅い意思。
 混血児の淡い色の唇が、花がほころぶようにはかなく開いた。
「私がミルガウスに戻るわけにはいかない。ドゥレヴァ陛下に、そうお伝え願えませんか」


「フェイ王子、か…」
 エカチェリーナが、部屋を出て立ち去っていく仲間たちの群に取り残されるように足を止めていたのは、柄にもなく感傷めいた感情が、とめどなく沸き起こってきたからだ。
 幼い頃にほんの少し触れ合った『少年』。
 狂気めいた獣の本性とそれを押さえ込む理性を併せ持つ、彼女が唯一畏怖する『存在』。
 そう、エカチェリーナは確かに恐れていた。かつて小さな子供だった『フェイ王子』を。
 まさか、その正体が女性であったとは想像もしていなかったが。
「っふー…」
 なんとなく割り切れない心持で大きく息をついたとき、がちゃりと扉が開いて最後の一人――ロイドが部屋から出てきた。
 ゼルリア国王の義弟にして、戦鬼の二つ名を持つ凄腕の義賊。
 彼は、『フェイ王子』の目が覚めるまで、ずっとその傍らを離れようとしなかった。
 ひょっとしたら、――それが女性と分かればなおさら――単なる『仲間』に対する以上の感情を、相手に対して抱いているためかも知れないが。
「あんたまで、追い出されちゃったのかい?」
「ん? ああ。たぶん、話ってのは…王位継承とか、魔法の難しい話とか、そんなところだ。俺がいるわけにはいかねぇよ」
「だろうねぇ」
 ロイドは何の含みもてらいもなく、肩をすくめて相貌を崩した。
 人懐っこい男だ。対するものに心を開かせる何かを持っている。
「ねえ、一つ聞いていいかい?」
「んあ?」
 その話題を投げかけてみたのは、白状してしまえば、単なる好奇心からだけではなかった。
 無邪気に首をかしげる男に、エカチェリーナはけだるげに聞いた。
「あんた、あの方が怖くないの?」
「怖い? それって、あいつが混血児だから、とかそういう意味でか?」
「違うよ」
 責めるように語気を荒げたのは一瞬、あっさり否定したエカチェリーナの真意を測りかねたのか、ロイドはきょとんと首をかしげる。
「じゃ、どういうことだ?」
「今回みたいにさ。七君主を退けるだけの力を、無自覚に解き放つ――それだけの力を持ってるんだよ、あの人」
「んー、確かに、魔法はすげぇ強いよなぁ」
「あんたね…」
 ロイドの答えは、要領を得ないというよりも、言葉尻だけ聞けば、こちらをはぐらかしているような印象すら受ける。顔を見れば真剣そのものなのは分かるのだが。
「あいつは、自分を大事にしないところがあるからな…」
「え?」
 しみじみとした調子の言葉に、エカチェリーナは、思わずそちらを振り返った。
 ロイドは真剣そのものの瞳で、続けた。どこか、過去をたどっているようにも見えた。
「そーいや、最初のころのカイオスも、ちょっとそんな感じのところあったけどさ。
あいつ、自分がいたら、周りに迷惑かけるって思ってるところがあってよ。けど、オレはあいつを大切な仲間だと思ってるし、船の他のヤツらもそうだからさ。だから…」
 へへ、とロイドは鼻をこすった。
 大事な宝物を心から自慢する、屈託のない少年のように。
「すげぇ力を持ってるし、オレらの船に乗るような身分の人間じゃないことも分かってるよ。けど、できるだけ、オレはあいつと世界を旅したいと思ってるんだよ。
 ――これからも、ずっとさ」
 『死に呪われた子』。
 かつて、シルヴェア王子だったフェイを時の左大臣バティーダ・ホーウェルンはそう評した。
 7つという幼い年齢で、石版決壊の犯人の汚名を着せられ、崖から飛び降り、放浪の憂き目にあった。
 だが今、ロイドたちという仲間とめぐり合い、フェイのいる世界は文字通り『光にあふれている』、はずだ。
 しかし。
(ならば、なぜあの方は顔を隠す?)
 フェイを畏怖する感情と別に、エカチェリーナの中に不意にひとつの疑問がわきあがった。
 ロイドが――海賊船の乗組員たちが、温かく度量の大きい人間たちだということは、彼らと接していれば分かる。
 だがフェイはその中で、性別を偽り、素顔を隠し、理性で感情を殺して、ひたすら影に溶けるように存在を消し続けている――ようにも見える。
 オレンジ色の陽だまりの中にあって、かたくなに氷の中に閉じこもろうとするように。
(なぜ?)
 その答えを、おそらくロイドは持たない。
 だからといって、本人に質して答えが得られるとも思えなかったが。
「そうかい…」
 ロイドは、にこにこと笑っている。
 心からの笑みは、本心でフェイを仲間として信頼していることが分かる。
 だからこそ、『副船長』の影のように振舞うかたくなな態度が、なおさら黒い影のようにくっきりとエカチェリーナのなかに疑念を落とした。
 第三者だからこそ見える、危うさ。
 それは無邪気な戦鬼の微笑をさえ、はかない砂上の楼閣のように錯覚させた。
 『死に呪われた子』。
 あるいはその言葉は、惜しみない陽だまりですらも溶かせないほどの強さで持って、いまだ『フェイ王子』を強力に戒めているのかもしれなかった。

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