Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 閉ざされた山
* * *
「ジュレス…」
「お久しぶりね、アルフェリア。堕天使の聖堂で再会して以来かしら」
 ティナの眼から見て、二人は血を分けた『姉弟』には一見見えなかった。
 黒髪、黒目のミルガウス人そのものの風貌を持つアルフェリアに対して、姉のジュレスは混血児――ティナと一度会った時と違い、銀の髪に藍色の瞳で、物憂げな光をたたえながら一人こちらを見やっている。
 混血児は、忌避の対象。
 しかし、ここに『混血児を忌避する人間』はいない。
 彼女がその人本来の姿で現れたのは、だからというわけではないだろうが――。
「なんだ、こんなところに観光でもしに来たのか?」
「冗談は顔だけにしてくださいな。お忘れ? わたくしは、ウェイさんと行動をともにしていますのよ」
「ああ、それも聞きてぇな。ウェイが女装してんのはどーこー言わねぇけど、なんであいつが双子の姉貴を襲いに来る」
「属性継承者は二人もいらないからですわ」
「それ、あんたがさっき言ったことと矛盾しないか?」
「ああ、『必要だったから』という言葉?」
 ジュレスは、蠱惑的に微笑んだ。
「必要だったわよ。わたくしにとっては」
「…!」
 投げ合うように紡がれていたアルフェリアの言葉が、弾かれたように止まった。
 ジュレスの唇は淀みなく続けた。
「だけど属性継承者は二人もいらない」
 再びその言葉を紡いだ。
 何かのよりどころとするように。
 かすかに微笑んで見える美しい姿態を、赤い夕陽が祝福の光のように照らしあげている。
「彼に教えてもらったの」
「彼?」
 微笑んだ女の傍らに、突如もう一つ影が出現した。
 ティナには、まるで虚空から現れたように見えた。たぶんほかの仲間たちにとっても、同じように見えたはずだ。
 そして、その人影には見覚えがあった。
「兄貴…」
 悲鳴のような声が背後であがった。クルスだった。
「よ! 久しぶりの人と初めての人とおるな!」
 少年は、邪気のない柔和な笑顔を浮かべて、ずっと前からそこにいたかのように佇んでいた。
 何かの手品でなければ、魔法か。
 高位魔族や天使が使う、空間を渡る術――。
「クルス、あんたのお兄さん、いったい何者…」
「だめだ!」
「え!?」
 突然背中を押されてティナはつんのめるように前に倒れた。
 何するの、ととっさに浮かんだ言葉が口をつく前に、頭の上を何かが通り過ぎていったのを感じた。
 魔力。
 そのまま頭が先ほどの位置にあったら、首から上が丸ごと消滅していた。
 悟った瞬間、背中を寒気が走る。
 呪文や予備動作が一切なかった。
「ちょっと、いきなり――」
「走って! 早く!!」
 急きたてるような少年の声に、ティナはとっさに山に向かって足を動かした。
 背中で魔力の気配がたつ。
 アルフェリアやロイドも反射的に走り出し、ティナを追い越して行く。
 だが、クルスだけは付いてくる気配がない。
「クルス!!」
「オレが喰いとめる。早く神剣を――」
「何言って…」
 振り向きかけたティナの眼の前に、迫りくる魔力の剣が映った。
 正確に、こちらを狙っている。
 うわ、と上半身をひねって避ける。
 あら残念、とジュレスが微笑むのが見えた。
「なんで…」
「ティナ! 早く来い、ウェイだって問答無用だったんだ」
「でも!」
「こっちだ。あんたが神剣を封じた…」
 アルフェリアが大声で呼んでいる。
 背後からの追撃はない。文字通り、クルスが『喰い止めて』いるのか。
 どうして。なぜ。
 その言葉だけが、何度も何度も頭をめぐる。
 山の麓に口を開けた黒い洞窟が、ティナの脳裏に過去の景色をほんの少しよみがえらせる。
 泣き叫んでいた人々の声。
 風の音が鎮魂歌のようだった。
 10年前、黒き竜によって、村のほとんどが破壊しつくされ、白い雪原に石の残骸が点々とばらまかれるだけの荒れ地の中で、ティナは淡々と神剣を大地の裂け目に屠る手配を進めていた。
 人の手の届かないところ。
 二度と、『日の目を見ない』場所。
「土の神剣の祠」
 いや、『祠』などという生易しい代物ではない。
 鋭い鍾乳洞や大地の亀裂が縦横無尽に這いまわる、まさに『天然の要塞』の奥深くに、彼女は神剣を封じた。
 村人たちの悲しみとともに。
 前を行くアルフェリアたちの背中が、その入り口に吸い込まれていく。
「気をつけて! 入り口にすぐ巨大な亀裂が…!」
 声を張りながら、ティナもまた洞窟の中へと駆け込む。
 外気と比べてどこか温かい空気が、やんわりと肌を包み込んだ。
 広い間口から数歩、切り立った崖がぽっかりと口を開け、はるか右手の奥に細い小道が、かろうじて前に進む手段を残している。
 背後からの追撃はない。
(クルス…)
 思わず背後を気にして振り向いたティナの視界に、不意に鮮やかな緋色が映った。
「え?」
 呆けた声が、他人のもののように、耳朶を打った。
 赤い髪。ワインレッドの瞳。
 沈みかけた夕陽になお映える美しい色が、驚愕した女の顔を瞳に入れ込んで、妖しく微笑んでいる。
「レイザ…?」
 不死鳥の炎の前に、自ら身を躍らせて『消えた』少女。
 彼女はにっこりとほほ笑んで、力任せにティナの体を前に突き出した。
「え…?」
 洞窟の間口は広い。
 しかし、見た目の印象に反して、すぐに断崖が口を開ける。
 足が大地を離れ、体が奇妙な浮遊感に包まれた。
「ティナ!!」
 アルフェリアとロイドの声が、自分の名前を呼んでいる。
 彼らはちゃんと先に進んでいるようだ。
 だが、自分は――
「どうして…」
 あなたがここにいるの?
 私を突き落とすの?
 ゆっくりと切り替わる景色の中で、ワインレッドの少女の挑戦的な光をたたえた瞳が、はっきりとその言葉を紡いだのをティナは聞いた。

「バイバイ」

* * *
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