Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第二章 最悪の依頼 
* * *
 例の男が一人でティナたちの部屋を訪れたのは、昼を少し回った頃だった。
「一応、悪かった、とは言っておこう」
 顔を見るなり開口一番言い捨てる。
「は?」
「うにゅ?」
「石版のことだ。…というより、最初から、お前らが二つの欠片を持っていると言っていれば、ここまですることも無かったんだが」
「ごめんね。何だかんだで、そこまで頭回らなかったのよ」
「…。いや。こっちも悪かった」
 淡々と言いつつも、二人の積み上げた皿の高さに目線が逸れる。
 実は午前中早い時刻にこの客室に通されてから、間断なく皿を空にし続けてきた二人なのである。(ちなみに現在も進行中)。
「あんたの国(とこ)の料理、なかなか美味しいわよ」
「おいしいよ〜。おれ、おれ、すっごくしあわせ〜」
「――………良かったな」
「あら何よ、遠い目して。ふ。まあ、今回はこの美味しさに免じて、妙な屁理屈ふっかけられて冤罪着せ掛けられかけたことは、半分くらい水に流してあげてもいいわよ。
 ――あ、この子羊のソース和え、おかわり〜」
「おかわり〜」
「………」
 好きにしろ。
 と、態度で明言したまま、男は言葉を絶つ。
 それからさらに皿を三皿ほど空にしてから、ティナはふと気付いて言ってみた。
「…そう言えば、あんた、結局何の用なのよ。まさか、謝るためだけに来たわけじゃないんでしょ? あたしらは、さっさと石版渡して去りたいんだけど」
「それなんだがな」
 ようやく、彼はため息を吐き出した。
 はっきり言って投げやりに続ける。
「この国を代表して、お二方にご請願申し上げたい旨があり、参上いたしました」
 言葉は立派だったが、べらぼうに棒読みだった。
 それはともかくとしても、二人は思わず声をそろえる。
「「…はあ?」」


 Fの話を大要すると、つまりはこういう事だった。
 ――『闇の石版』を取り戻すための『護衛』としてティナたちを雇わせて欲しい、と。



「どういうことよ、何、まさか、口封じのつもりなわけ?」
「…意外と鋭いな。まあ、突き詰めればそういうことだ」
 未だに勢い衰えず、ハイパーな速さで出される料理を平らげているクルスはこの際放っておいて、ティナは食の手を止め、首を傾げた。
「突き詰めれば?」
「………」
 男は軽く頷く。
「一応、全部話した方がいいか」
「うん。まあ、そりゃね」
「………」
 肩を竦めるようにして、彼は腰掛けた椅子に座り直す。髪をかきあげてため息をついた。
「現在、ミルガウスには、問題がある。後継者争いだ」
「え、…うん」
 それこそ国家機密なんじゃないか? 時期国王の選出で揉めてるなんて、他国がどこかから伝え聞いたら大喜びだ。
「でも、後継者って…ちゃんと居るんじゃないの?」
 ティナは首を傾げた。
 実はミルガウス王国も結構不運な目にあっている。十年位前に――この頃は、ミルガウスの前の、シルヴェア王国の時代であったが――次々と王位継承者を亡くしているのだ。十年前…一度は集ったはずの闇の石版が、何らかのきっかけで、再び砕け散ってしまった時だ。
 その現場に居合わせた二人の王子は一方が死亡、一方が行方不明。王女も一人行方不明になってしまったらしい。だが、王家の直系の姫君が一人存命なはずだし、魔法協会の推薦で養子として王女がもう一人…。
「…もしかして、二人の王女の間で」
 半ば無意識に呟いた言葉に、
「ああ」
 男はあっさりと頷いた。
「本来なら、争いになるようなことじゃないんだが…。現国王陛下が時期国王に関することについては曖昧な決断しか下しておられない。それで、養子の方が…というより、魔法協会の方がいい気になっている、ということだな。まあ…直系の方に問題が無いとも言えないんだが」
「…う、うん」
「そこに、今回の事件だ。俺に言わせればこっちの方が余程大事だが…、頭の固いバカが『石版』を無事に奪還してきた方こそが王位に相応しいと言い出した。もちろん、王女自身が秘密裏に探し出さなければいけない。それに、護衛が要る」
「それで…」
 石版を見つけ出す能力がある人間なら戦闘能力としてはそこそこ信頼が置けるし、常に王国の監視下においておけるわけだから、秘密の漏洩は避けられる。――そんなことを淡々と語り終わった後に、男はぼそりと付け加えた。
「ちなみに…おそらく俺も同行することになると思うが」
「………え?」
 ちょっと待て兄さん。今何て。
「ちなみに。俺もおそらく同行すると思うが」
 ご丁寧に繰り返す男の台詞を、ティナは最後まで聞いちゃいなかった。
「なあぁあんですっっってぇえええ!?」
 こんな男と始終顔をつき合わせていろと言うのだろうか。8割方、屁理屈と嫌味と有無を言わさぬ高圧的な態度で構成されたこの男と!
 思わず立ち上がったティナを呆れた目線でちらりと見て、男はあっさりと続ける。
「………断れば、良くてこの件が終わるまで抑留、悪ければ…」
「ちょっと黙ってて! あたし、帰る! 何も知らなかったあの頃に帰るー!!」
「………」
 男がため息をつく。
 クルスがおかわり〜と叫んでいる。
 ティナはただ力の限り心の限り、精一杯運命を呪っていた。

* * *
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