Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  終章 旅立ち 
* * *
――三日後。


 さんさんと陽の降り注ぐ、林道。
 行き交う人々と明るい挨拶を交わしながら、道を行く四人組が居た。

「えっと…まずは、ゼルリア王国に行くんでしょ? いいの? いろんなこと言うことになっちゃうかもだけど」
 隣を歩いていた少女を振り返って、栗色の髪に紫欄の瞳をあわせた少女――ティナ・カルナウスは、首をかしげた。
「ええ、大丈夫ですよ」
 ティナのことばに、黒い髪を揺らし、少女――アベルがにっこりと答える。
 質素な旅装に身を包んで、庶民の足に遅れまいと早足になりながら、
「ゼルリアはミルガウスの同盟国ですからね。石版が盗まれたことも、ちゃんと説明してましたし」
 にこにこと笑顔をたやさず返してくれる。

 崩壊したアレントゥムの上空で石版が砕け散ってしまったのは、もはや誰の目にも明らかだったので、ミルガウスは、あっさりとそれを認め、『やむをえない』事情があったが、砕け散ったものは仕方がない。早急に対処する、ということを約束した。
 左大臣は、責任を感じて『官位を返上して、自主謹慎した』ということになっている。
 ただ、人の噂は意外とあなどれないもので、既に、左大臣が石版の消失に一枚噛んでいるのではないかという憶測が、ちらほらと飛び交っていた。
 これに対して、ミルガウスは静観の態度をとっている。
 ただ、左大臣の空席については、現左大臣就任当初からとられていた、『左大臣が多少不在でも、国の大勢に影響を与えない組織作り』のおかげかどうか、しばらくは左大臣補佐が、あくまで『補佐』として、代わりに政治をとりしきることになるようだった。

「ふぅん。ゼルリアって、何がうまかったっけー」
「クルスさんは、そればっかですね! 確か、魚介の類がおいしかったはずですよ。そうですね…今は寒い季節ですから…」
 今日も今日とて食べ物を頬張った、茶髪の少年、クルスと、年の近いアベルは二人で話しこんでしまって、なんとなく手持ち無沙汰をかんじたティナは、最後尾を無言で歩く今一人に視線をやった。
 端正な顔に無表情をはりつけて、一定の距離を置いて黙々と一同の最後尾を歩く青年。
 ――ずっと、聞きたいことがあった。
 なぜあの時、あのタイミングで自分に石版を託したのか。とか、顔を見なかった間、どうしていたのか。といったようなことなどを。
 だが、いきなりそれをぶつけて答えが返ってくるとは、さすがにティナも思ってなかった。
 だから、その代わり、あたりさわりもなさそうで、彼女が心底不思議に思ったことを問うことにする。
 先の二つのことは、旅が続けば聞けることもあるかもしれない。
 そこまで考えて、ティナは苦笑した。
 何をまだ彼に期待しているんだろうか、と。
 足を止め、追いついてくるのを待って何気なく横に並ぶ。
 こちらを見ようともしない青年に対して、さりげなく切り出してみた。
「ねぇ、一つ、気になった事があるんだけどさ」
「…」
 青い目をちらりと細め、金の髪を後ろに結わえて風に流した『ただいま謹慎中』の左大臣は、無表情に見返してくる。
「何だ」
 目線の圧力を軽く受け流して、ティナはまっすぐに顔を見て言う。
「あんた、最初あたしらを捕まえて牢屋に入れたとき…――あたしらが『石版二枚持ってる』とかあの時分からなかったり、王女の石版探しの話が持ち上がらなかったりしたら、どうしたつもりだったの?」
 何せ、石版強奪の犯人には、極刑が下されるのだ。
 しかも、王の審問の場では、クルスが口を開くまで圧倒的にティナたちが不利だった。
 あのままだと、あっさりと犯人にされていたことは、明白。
 それなりの処置がとられたことだったろう。
 ただ、カイオスは全てのからくりを知っていたわけで――。
 まさか、全て知っていた上で見ず知らずのティナたちを、見殺しにしようとでもしていたのだろうか。
 このことを、すべてがわかった今口にしてみたのは、責める、というよりも、あの時どうするつもりだったのか、問いただす、という意味合いが強かったのだが。
「………どーしたも、何も」
 カイオスは、平然と、当然のごとく、すらすらと答えてきた。
「そんなモノ、しばらく抑留したあとに証拠不十分で釈放するに決まっているだろう」
 何をいまさらと、むしろ呆れたように言う。
 ティナは、一方で目を剥きだす。
「――へ?」
 言葉を頭に入れるのに、三秒。理解するのに十秒かかった。
「あの…それってどーゆー…」
「大体」
 息をついて心底呆れた様子で、彼は続けた。
「『犯人である』ことを証明するよりも、『犯人でない』ことを証明する方が、何倍も難しいし、不可能に近い。それを――あの場でどうやって証明する。それで、犯人と決め付けて極刑を喰らわすなんて、いくらなんでも、強引過ぎるだろう」
 非の打ち所のない正論を、淡々と言い切る。
 しかし、ティナは怒るよりも先に呆然とした。
「ねえ…それ、最初にあたしが言ってたことじゃない?」
 そう。
 王の審問のときだとか、『神殿放火容疑』で連行される、直前のやりとりのなかだとかで、『誰か』が声を大にして訴えたにもかかわらず、『相手のオエライサン』に大変軽くあしらわれてしまった、正にその理屈そのものだという印象を、ティナはとてつもなく強く受けた。
「ねぇ…」
「何か」
「…それってまさか…」
 その時。
 ティナは見てしまった。
 となりを歩く男の口元が、会ってから初めて――ふっと微かに笑んでいるのを。
「…わざとだったのね」
「何の話だ」
 要は、一般人のティナよりも、左大臣である自分の発言の方が通りやすいのを利用して、理屈をたくみにねじまげてティナたちを利用していたらしい。
「…なんか、すっっっごく、ムカつくんだけど」
「光栄だ」
「チョットくらい、反省するだとか、謝るだとか、そういうことを態度で示してみたらどうなの?」
「あいにくと、そんなところまで人間ができてないもので」
「分かってるんなら直しなさいよ!!」
「もっとひどいのが目の前にいるからな。直す気も起こらない」
「どーゆー意味よ!!」
 半分叫んだその言葉は、すがすがしいほどに晴れ渡った青空に、遠く吸い込まれていった。
 あまりの大声に、行き交う旅人達が思わず振り返っていく。
 前を行く二人の少年少女もばっと振り返った。
「ティナさん、何叫んでるんですか!?」
「ひじょーしきだよ!!」
 クルスの言葉にティナはむっとした顔をする。
「な…!! 非常識とかあんたに言われたくないわよ、のーみそまで食べ物が詰まってそうなくらい食べてるくせに!! クルス、あんた、昼飯抜きっ!!」
「!! ええっ、横暴だよティナ!!」
 なみだ目になったクルスを、すかさずアベルが援護する。
「ティナさん、冷血です!! ひどいです! カイオスみたいです、そんな仕打ち」
「どーゆー意味よ!?」
「うぅ…オニババのよぅなティナが、こんなオレをいぢめる…」
「誰が、何ですって!?」
 明るいやりとりが思い切りはじけあって、風に乗って流れていく。
 駆け出してアベルたちに追いついていくティナを半眼で見やって、その様子を淡々と映しこみながら、カイオス・レリュードは、しかしふっと肩の力を抜くと、小さくため息をついた。
 その拍子に腰の聖剣がかちゃりと揺れる。
(…いろいろと押し付けやがって)
石版だの国宝だの、アベルだの。
 あの気楽な国王が。何が世界を見て来い、だ。
(まあ…仕方ない、か)
 あの時。
 ――アレントゥム自由市が崩壊した直後、なぜかあの女に石版を託そうと思った、あの時。
 そこから何かが狂ってしまったような気がしてならない。
 あの時までは、確かにミルガウスには戻らない気でいた。
 『たとえ刺し違えても止める』、と半ば自然に覚悟だけはしていたが。
 ――それが、こうなった以上は、それなりに状況に付き合うしかないのかもしれない。
 そう、胸中で半分以上あきらめをつけたとき、
「何やってんのよ!! 置いていくわよ!!」
「メシーメシー!! 早くぅっ」
「何やってるんですか! おっそいですよぅ」
 そんな声が遥か前方から届いて、彼は歩く足をほんの少しばかり速めて、なりゆきの旅路を連れ共の方に向かっていった。
 折からの風は、心地よい涼気をはらみ、北の軍事大国ゼルリアを目指す四人の間をさわやかに吹き抜けていった。

第一話 全ての始まりの時 完

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