――ルーラ国 歓迎の港ブランジュール
「じゃ、オレたちはこの町で待ってるから! しっかりやってきな!」
青い海、吹き抜ける南国の風。
ゼルリアやミルガウスに比べて、大分温かい空気の下、船を港に寄せて、ロイドは爽やかに見送ってくれた。
下船するのは、ティナ、クルス、アベル、カイオス、アルフェリア、そして、ジェイド。
それぞれにとびきりの笑顔を送って、船員――といっても、副船長を除くと七人の船だったが――総出で見送ってくれる。
「ありがとう!」
すっかり風邪も回復して、元気イッパイ爽やかに、ティナは手を振り返した。
ここから、二手に分かれ、一方はルーラ国首都レイシャーゼに、もう一方は、一旦北上して隣接するミルガウス国の南方守護府にいき、堕天使の聖堂に入るための許可印をもらいにいく、という形になる。
ミルガウスとルーラの印、その二つが揃って始めて、あのやたら人を殺したがる聖地の『番人』とやらに運悪く鉢合わせても、見逃してくれるという契約が発動するのだ。
ミルガウスとルーラの両国の印が、なぜ二つなければならないかといえば、それは簡単で、単に聖地を通る許可を出した人間の照合をしやすくするためだ。
盗賊たちや不正な取引も、ある程度防ぐことができる。
その分手続きに手間がかかってしょうがないが、それはそれ、仕方がない。
「ま、すんなりいくといいけどねー」
ティナは、楽観的に呟く。
『堕天使の聖堂』。
思えば、『現在』の『彼女』の、始まりの地だ。
その前の自分の人生に、何が起こったのか、まったくわからない。
ただ。
予知と思われるような夢。
聖地の番人と対峙したときに、一瞬過ぎった、赤い色の過去。
そして、『火の属性継承者』という、紛れもない事実。
生活する程度に困らない――たとえば自分の名前のような――ことは思い出せているので、それはそれでもういいかな、とも思うのだが。
時々不安でしょうがなくなるときもある。
『全て』を思い出したとき。
自分は、『自分』でいられるのか。
(まあ)
ティナは、ふ、と息をつくと、無理に唇を引き締めた。
「そのときはその時、よね」
今は、とりあえずやらなければいけないことがある。
砕け散った闇の欠片。
彼女が『彼女』になってから、ずっと関わってきたもの。
いい加減縁を切りたいものではあるが――まあ、ここまでくるととことん付き合おうじゃないか。
「また、ここに戻ってきたのね」
小さく言うと、クルスが振り返った。
そんなに大きな声を出したつもりはなかったが、意外に耳ざとい相棒は、はっきりと音を拾っていたらしい。
にゃはは、ととびきりの笑顔で、ティナに笑った。
「そうだね。ティナ! また戻ってきたね」
「あのころとは大分違うけどね」
自分で言ってから、確かにそうだと改めて納得する。
あのころは――自分で戦う術も知らず、状況に振り回されてばかりで、一人では何もできなかった。
不死鳥召喚という『偶然』に助けられたものの、相棒を死なせてしまっていても、おかしくない状況だった。
その頃の自分に比べれば。
(今は、少しは違う)
少なくとも、自分の身くらいは自分で守ることができるようには、なった。
少なくとも、足手まといになるようなことはなくなった。
だから。
「ま、ぼちぼち行きますか」
「そうだねー」
ティナがにっと笑うと、クルスもにっと笑う。
南のルーラの太陽が、やさしくそれを見守っていた。
閑話 波間に揺れる挿入歌 完
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