「信じられる? 私が恋したあの人は、あっさりと死んでしまったの。私の前から姿を消してしまった」
事情を知りたがるティナたちの心を汲んだのか、彼女は切々と語った。
ふぅっとあさっての方向を向いてため息をつくさまは、ティナと同じ年の少女に見える。
シルヴェア国の『フェイ王子』。
十年前、闇の石版が砕け散ったとき、石版崩壊の現場に居て、ただ一人生き残った異民族の王子。
だがその後、彼は石版を崩壊させたのではないかとの容疑をかけられ、追い詰められたあげくに首都郊外の崖から落ちてしまった。
死体は上がらなかったが、生存は絶望的。
だが、そんな状態で一度しかあったことのない相手の死を信じられるかといわれれば、ティナにも難しいことだろう。
現に、彼女の目の前できっと視線を強くした彼女は、確固とした声音で宣言する。
「だから、わたし、旅に出ることにしたの。彼を探す旅に」
「…それで、お姫様がこんなところに?」
「ええ」
にっこりと笑った彼女は、悠然と答える。
「…」
ティナは、ちょっと釈然としないものを感じた。
彼女を賊から助ける間際の光景。
追い詰められた彼女は、賊と旧知のように、会話を交わしていた。
泡を吹いて気絶している賊には、詳しいことは聞けないが。
ちらりと目線をやれば、これもまた釈然としない顔をしたアルフェリア。
彼に目線で語れば、ひょいっと肩を竦められた。
「まあ、…とにかく、どっちにしたってちょうどいい。テスタロッサ姫。われわれはあなたに頼みたい議があって、首都を目指していたんだが」
「わたしに?」
「ああ」
そのときだった。
地面に横たわっていた賊が、かっと目を見開くと、次の瞬間ものすごい勢いで呪文を詠唱する。
「!?」
とっさに、その具現するところを悟って、ティナは反射的に叫んだ。
「伏せて!」
同時に、呪文を詠唱した反炎の結界を出現させる。
赤く透ける透明な結界がやんわりと辺りを包み込んだ刹那、
「死ねえ!!」
腕から血を流した男が、凄まじい形相で咆哮した。
その彼を中心に、かっと爆煙が広がる。
発生した凄まじい熱は、周囲を一気に巻き込んで、男ごと、爆発した。
だが、ティナたちへの衝撃は、彼女が作り出した結界がうまく受け流す。
「な、何だってんだよ」
爆発の影響で辺りを覆う砂煙が晴れたころ、ちっと舌打ちしたアルフェリアが忌々しげに呟いた。
その視線の先には、今はもう何もない空間が、漠然と横たわっている。
自爆。
アレントゥムでティナ自身も同じような捨て身の魔法を放ったことがあったが、あれは火に対して絶大な耐性を誇る属性継承者の彼女だからこそ、大火傷で済んだのであって、属性継承者でもない普通の人間が同じことをやれば、ただで済むはずがない。
そんな奥の手に訴える理由は、そんなに多くはないはずだ。
そうまでしてでも、ティナたちを――もっと具体的に言えば、おそらくルーラの王女を――葬りたかったのと、捕まって自分の口から『何か』が漏れることを恐れた、つまりは自身の口を自身で封じたことと。
「…テスタロッサ姫」
ティナは、そんな自分の懸念を今はあえて無視して語りかけた。
「ケガない?」
「え、ええ…」
賊がいたはずの、今はもう何もない空間を、顔を真っ青にして見つめていた姫は、かろうじてそう答える。
しばらくは気を落ち着けるように、ずっとそのまま沈黙を保っていた。
ティナも、そしてアルフェリアも――何も言い出すことなく見守っている。
やがて、彼女は顔を上げた。
旅人たちの二の句を先回りしたように、
「私に用があるといったわよね。ルーラまでは、ご案内いたします。その代わり」
深くため息を吐いて、ルーラのテスタロッサ姫は、順に旅人たちを見回した。
腕を組んだアルフェリア、場に合わせて深刻げな表情をしたクルス、何も分かっていないなりにおとなしく黙っているアベル、最初から最後まで沈黙を保っているジェイド、そして、ティナの方を。
ティナは、問うようにそちらを見返した。
王女は、逃げなかった。
ただ、何かを探るようにじっとこちらを見つめ返して、やがて彼女は続きを述べた。
「それまでの道中、私を護ってください。ええ、そうお察しの通り」
抑えた声音で、彼女は言った。
「私は狙われています」
■
「ええっ」
声を上げたのは、アベルとクルス。
ティナとアルフェリアは半ば予想していた答えに、ただ頷いた。
ジェイドは相変わらずローブの向こうで沈黙を保っている。
「えっと…狙われているって」
「まあ、私も王女ですから。アベル姫」
さらりと彼女は答えた。
そこに、あきらめたような開き直ったような、微妙な心情が漂っている。
「私は、王子を探すため、どうしてもお城を抜け出したかったの。そして、それは叶った。けれど、別の人間に追われることになってしまったの」
「そ、そうなんですか! それは、大変です」
「ええ…」
いちいち大げさに反応するアベルに後ろで、ティナは直感的に彼女はウソをついているのではないか、と思った。
だが、それは明らかに『直感』であって、想像の粋を出るものではない。
ただ、何かどこか、感じる違和感。
それを質すのはさすがにためらわれたので、代わりにティナは明るい声を出した。
「さって…じゃあまあ道中の安全は保証するわよ。こっちのアルフェリアは将軍だし、わたしも属性継承者だし」
「ありがとう」
にこりと笑った同じ年頃の娘に向かって、彼女は同じようににっこりと笑みを返した。
「あたしはティナ・カルナウス。こっちの小さいのがクルスで、あっちのローブがジェイド」
「私は、テスタロッサです。ただ、道中はテレサと呼んで」
「うん、テレサ」
そっと差し出された手を握って、ティナは軽く笑った。
王女を――それも、アベルとは違う正真正銘の生粋の王女だ――つれていると、どうしても足は遅くなるが、その分王宮の謁見がかなり楽になった。
目指すは首都レイシャーゼ。
王女を連れたティナたちは、確実にその地へと進んでいった。
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