Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 時を越えた再会 
* * *
「まあ、何であんたがこんなとこにいるかは置いといてだな。オレはあんたたちにちょっと聞きたいことがあるんだよ」
 ウェイに割って入られてから、ようやく第三者の目を意識して冷静になったのか、アルフェリアは髪を掻きながら言った。
 二人の美女が怪訝そうに顔を見合わせる。
 何よ、と再びこちらを向いた視線を、真剣な眼差しで見返して、ゼルリアの将軍は低い声で告げた。
「あんたら…左大臣と何の関係があるんだ?」
「え?」
「へ?」
 真剣な声音に対して、返されたのは、気の抜けるような疑問。
 それをなおも鋭い視線で見返して、アルフェリアは続ける。
「金髪のやつヤツを探してるんだろ?」
「ちょっと待って…それ、どこから」
「村でそう聞いた」
 ウェイがとまどうように聞くのを、淡々と返す。
 それはどことなく、暗い殺気すら孕んでいるようにさえ感じられた。
「きれいな女の二人組みが、金髪の男を捜してる。聖地に石版があるかもしれねえって言って、人が止めるのも聞かずに、入っていった――」
「ちょっと待って。あなた、あいつの知り合いなの?」
「知り合いも何も――。こっちが聞きてえよ」
 なんで、あんたらがミルガウスの左大臣と面識がある。
 そう、改めて聞くと、ウェイもジュレスもぱちぱちと瞬いた。
 長い睫毛が、本気で怪訝そうに振れている。
「ちょっと待ちなさいな。左大臣? 彼が?」
「左大臣って、今石版が盗まれた責任を取って、ミルガウスで謹慎中なんじゃ…」
「…」
 眉をひそめたウェイの言葉に、一瞬だけ立場を思い出して、アルフェリアは言葉を止めた。
 同盟国の――それも、国家機密だ。
 だが、あの男自身の不審に比べたら、そんなものどうでもいい気がした。
 アルフェリアは言葉は選んだが、結局告げた。
「…その左大臣自身が、石版を探すたびに出てるんだよ」
「けど、わたくしたちは、アレントゥムで行き倒れていた彼を、介抱してますのよ」
「何?」
 さらりと言葉を挟んだジュレスに、今度はアルフェリアが目を見開く番だった。
「ちょっと待て。どういうことだ」
「だから、最初からそれを私たちが聞きたいんじゃない」
「…」
 アルフェリアは黙り込んだ。
 ルーラ国では、ゼルリアまでとは行かないが、ミルガウスやアレントゥム自由市ほどにアクアヴェイル人に対して寛容な国ではない。
 そんなところをうろつく『アクアヴェイル人』など、あの左大臣くらいしかいない、と半ば決めて掛かっていたのだが、考えてみればそうとも限らないか――。
 アレントゥムで行き倒れているのを介抱した…――となると、どう考えても『カイオス・レリュード』ではないだろう。
「…」
 ゼルリアの将軍は、眉をひそめた二人の美女を見返した。
 そして、低く告げた。
「なあ…じゃあ、あんたらの探している人間って、誰だよ」
 ここまでくると、その人物自身に興味が湧いてくる。
 改めて聞く側に回ったアルフェリアに、ジュレスがふうっとため息をついた。
「あなたは昔から、都合が悪くなるとうやむやにしますわよね」
「うっせーよ。あんたも人の話なんざ聞きゃしねーだろーが」
「人のことを言う前に、自覚があるなら直しなさいな」
「余計なお世話だ」
 不毛な会話を重ねた後、肩を竦めたジュレスは、髪をさらりと風に流しながら、話し出す。
「ちょっと長くなりますけど…」
 そういい置いて、彼女は話をし始めた。


――堕天使の聖堂 近隣の村



「…おかしいですよねえ」
「おかしいねえ」
「クルスさんもおかしいと思いますか」
「うん、アベルもおかしいって思うよね!」
「とっても思いますね」
「オレオレ、もう放っとけないとおもうんだ」
「私もですよ」
「わーい、アベルと考えがいっしょだ!」

 二人がこんな会話を交わし始めたのは、ティナとアルフェリアが『ちょっと聖地を調べに行ってくる』と言って、村を出た後、『三日』経ったころだった。
 聖地と、この村とは、本当にあまり離れていない。
 一時間ほど歩けば、双頭の獅子の門にたどり着いてしまうくらいだ。
 遅くても、村を出たその日の夕方には戻ると思っていたのが、まったくそのけはいがない。
 一日目は、何かおかしいね、で済んだ。
 二日目は、道に迷ったんじゃ…と心配し始めて、三日目で、本格的に何とかしなければ、と思い至ったのだ。
「けど、放っとけないって言ってもさ」
 クルスは言う。
「アベルを危険なところへ連れていけないよ」
「カイオスを待ったほうがいいですかね」
「けど、カイオスを待ったら、多分あと五日くらいは――」
「俺がどうかしたのか」
 二人が話し込んでいたところに、いきなり後ろから割り込まれて、クルスもアベルも本気で飛び上がった。
「え!?」
「カイオス!」
「…」
 振り向いた先、宿の部屋の戸口に立った金髪の男は、いつもの通り淡々とした態度で冷たい視線を放つ。
 二人が何も告げられないでいるうちに、こつこつと歩み寄って木の椅子に腰を下ろした。
「えっと…随分と早かったですね」
「どんなに急いだって、絶対もっとかかるよ! 大丈夫? 休んだ方が…」
「あとの三人は」
 短く言われて、二人は二の句を失う。
 普段の彼からはあまり感じない、どことなく、トゲのある声だった。
 それを悟ってアベルの方が言う。
「副船長さんは、事情があって、ルーラ国のお姫様を助けに行きました。まだ合流していません。ティナさんとアルフェリアさんは、堕天使の聖堂の周辺を調べに――」
「…」
「今、聖地の周辺で、村人の行方不明事件が多発しているみたいです。そこに、アルフェリアさんの知り合いが向かったかも知れないって…」
「…」
 カイオス・レリュードは、ただ聞いている。
 アベルは、それ以上説明の仕様がなくなって、最後に小さく付け加えた。
「ティナさんもアルフェリアさんも、帰ってこないんです。もう今日で三日…」
「…バカが」
 消え入るような少女の言葉に重ねられたのは、あまりに露骨な悪態だった。
 思わず言葉を止めたアベルと、目を見開いたクルス。
 普段なら、本当に口にしないような内面を、ちらりと覗いてしまったような気分だった。
「「…」」
 少年少女が口を挟めないうちに、彼はすっと立ち上がる。
 金の髪がさらりと揺れ、反論を許さない語調で、ミルガウスの左大臣は言い切る。
「堕天使の聖堂に行ってくる」
「え?」
「今ですか!?」
「お前らは来るな」
 最低限の言葉だけを投げかけて、彼はさっと席を立った。
 扉をくぐる前に、
「ルーラの印は、あいつらが持っていったんだろう?」
 一応聞いた。
「はい。そうですけど…」
「分かった」
 それだけを返して、彼は扉の向こうに消えて行った。


「………」
 ぱたん、と扉が閉じられてから、アベルとクルスはふうっと顔を見合わせる。
「何を怒っているんでしょうかね、あの人は」
「アベルでも、聞けないの?」
「会ったときから、そんな感じですよ」
 肝心なことは話してくれない。
 まあ、黙ってアベルに付き合ってくれるので、彼女にとっては別にそれで十分なのだが。
「まったく、何をぴりぴりしてるんだか」
「息が詰まりそうだったよ!」
「私もです」
 お互い、顔を見合わせて、はあっと息をつく。
 そういえば、とクルスがふと漏らした。
 聞きとめたアベルがすかさず汲み取る。
「…なんです、クルスさん?」
「アベルは気付いた? カイオス…ちょっとおかしかったね」
「おかしい?」
 うん、と少年は頷く。
 どこか考えるような調子で、
「カイオス…たぶん、どっか怪我してる」
「え?」
 さっきの彼からは、そんなこと全然うかがえなかった。
 どういうことだろう…そう、王女は思う。
「何が…ですか? 全く問題なく、ふつうに見えましたけど?」
「うん、見た目にはそうなんだけど…」
「?」
「あのね。彼…足をひきずってた」
「そう…だったんですか?」
「うん…ちょっと、ホントに、ちょっとだけだけどね」
「…」
 アベルは黙って続きを待った。
 考えながら言葉を紡ぐ少年の目は、普段からは信じられないくらい、真剣だった。
「たぶん…お腹のところに、深い傷があるんじゃないかな」
 彼が、クルスに取り繕えないくらいの。
「あの人が…ケガ…ですか」
 本当に、そんなそぶりは全然なかった。
 クルスの思い過ごしなのではないか。
 彼女にはそう思えた。
「カイオスは、魔封書っていうすっごく魔力が必要な本を使ってるし、ほとんど休んでないはずなんだ。なのに、ケガなんて…。無理してないといいんだけど…」
「そうですね…」
「アベルから、何とかいえないの?」
「…」
 眼差しを向けられて、彼女は少しの間言葉を止めた。
 クルスの心配は的外れに思えたが、彼女とて、彼が心配じゃないわけいじゃないし、無理はしないで欲しいと思う。
 だけど…。
「私じゃどうにもなりませんよ」
 わがままに付き合ってくれる。
 身も守ってくれる。
 だけど、それは彼女が主だからで、彼女自身のそういった言葉は、多分彼には届かない。
「…私は、役立たずですからね」
「また、そんなこと…」
「それに」
 クルスが言いかけるのを制して、アベルは告げた。
「アルフェリアさんやティナさんではないですけどね。私も時々思うんです。『彼』は―― 一体何なんだろうって」
「…」
 まあ、いいんじゃないですか? 彼自身のことですよ。
 と、半ば自分に言い聞かせるように呟いて、彼女は夕飯にしますか、とぴょんと立ち上がる。
 その横顔は、彼に踏み込めない自分を――逃げている自分を、押し殺しているような、見ない振りをしているような、そんなやるせなさが、ちらりと浮かんでいた。

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