「へー、そんなことがあったのか〜」
ティナたちをルーラ国へ送ってくれた、海賊のお頭――ロイドは、戻ってきたティナたちから道中の話を聞くと、満足げに息をついた。
すでに船は海上に滑り出し、心地よい波の揺らめきが、船室を漂っている。
「けど、すごいな! もうそんなに欠片が見つかったのか」
「ああ。ジュレスたちも、確か石版をひとつ見つけたって言ってたからな…。ミルガウスに元々残ってたやつと、妾将軍の海域で見つけたやつと、今回のと、ジュレスたちのと――何だかんだで、四つは集まったのか」
「まだ、二ヶ月だろ? すげえな」
アルフェリアの言葉を受けて、彼は純粋に賞賛の息を吐く。
部屋には、ティナとアルフェリア、副船長と、そしてロイド。
アベルとクルスは船の女コック、ジェーンを相手に遊んでいたし、カイオス・レリュードは次の目的地を告げると、さっさと船室に引きこもってしまった。
いろいろと、話したいことはあるのに、ずっとすれ違っている気がする。
いや――避けているんだ。
彼を。
自分が。
「………」
どこかすっきりしないティナは、ぼうっとしていたところをロイドに話しかけられた。
「なあ、ティナもそう思わねえか?」
「ふえ?」
「だから、二ヶ月で、ここまで集まったのは、すごいって話だよ!」
きらきらとしたロイドの瞳を受けて、彼女はあいまいに頷く。
「そうね。カイオスの言うとおりに、行くところ行くところ、ちゃんと石版が見つかるからね…」
「カイオスはすごいんだな! さすが左大臣だ」
「…まあ、すごいっちゃすごいんだけどよ」
その左大臣のいうところでは、次の目的地は、熱砂の亜大陸――砂漠の国シェーレン国…死に絶えた都ということらしい。
このまま順調に行けば、十日ほどで到着する。
そして、そこに石版があれば、――ジュレスたちが、アレントゥムで見つめたという欠片を含め、すでに五つ目だ。
以前砕け散った石版が五つ集まるまでに、かかったのは、足掛け五年。
それを思うと凄まじい早さで集まっていることになる。
「…」
それを素直に喜ぶことは、彼女にはできなかった。
これでいいのだろうか、このまま、進んでいって、大丈夫なのだろうか。
得体の知れない不安だけが、胸を重く暗くする。
それを裏付けるように、いつも頭を過ぎるのは、聖堂で見た、あの光景――
「まあ、けどよ。うん」
ロイドはのんびりと言葉を紡ぐ。
「オレ的には、アレだな。ルーラのお姫さまの救出劇が一番面白かったな」
「そうなんかい?」
「だって、救出劇だぞ! かっこいいじゃねーか」
ロイドとアルフェリアは、別の話に移っている。
海賊の船長は、ちらりとジェイドを見遣りながら、
「うんうん、婚約者か〜。女の子かー。いるんだなーそんなの」
「…」
「そっか〜。ちゃんと助けてやったのかー」
嬉しそうににこにことしたロイドの横で、ローブの青年はそっぽを向いている。
何なんだ? と眉をひそめるアルフェリアをよそに、ロイドはどこまでも上機嫌だった。
その時、不意に部屋がかげる。
視線を遣ると、積乱雲が、いつのまにか日の光を遮っていた。
海の天気は移ろいやすい。
「これは…一雨くるかな」
ロイドの呟きが、ぽつりとティナの耳を打った。
■
「………」
部屋に入るなり、ほとんど倒れこむ勢いでベッドに身を沈め、カイオスは息をついた。
堕天使の聖堂までは、一応何とかだませたが、さすがにそれ以上は限界だった。
息が上がり、七君主とのやり合いで負った、治りきっていない腹の傷がうずく。
だが、彼は一息つくと起き上がり、懐から魔封書を出した。
聖堂から船にたどり着くまで、一週間以上かかって分かったのは、次の石版の目的地が、『本当に』シェーレンの死に絶えた都にある、ということだけ――。
休んでいる暇はない。
立ち止まっている暇も。
「…」
だが、意識を集中しかけた彼を、ふと過ぎった思念が止めた。
――『ミルガウス』を守りたかったら、あの女を殺せ。
「………」
彼は、手を止めた。
それに対し、否と答えたカイオスに対して、七君主はあっさりと引き下がりすぎた気がした。
このまま石版を集めて、本当に、石版をヤツから守りきることができるのか。
「………」
外は、雨が降っている。
海面を叩く水の音は、つれない無情さで、淡々と強まっていった。
■
――ミルガウス城
「石版の欠片が、また見つかったの!?」
その知らせを聞いて、レイザは思わず声を上げていた。
報告をしに来た兵士も、半信半疑の表情で、だが、はい、と答える。
「今朝方、左大臣さまより、転移魔法を用いて石版が届けられたと――」
「そんな…!!」
そんなに、早く。
思わず、口を覆ったレイザに、兵士は言葉を続ける。
「つきましては、緊急の会議を行うということですので、大会議室においでいただけないでしょうか」
「…分かったわ。ありがとう」
レイザとそう年の変わらない兵士は、慇懃に礼をとって、歩き去って行った。
その言葉に従って、彼女はさっと歩き始める。
その頭は、これから会議で交わされる、打算的なやりとりや、カオラナ王女への報告がぐるぐると巡っていた。
しかし、不意にそれが止まる。
「…堕天使の聖堂」
自分の全てが始まった日。
そして、全てが終わった日。
「…」
霧に塗れた過去。
『魔王』の召喚。
そして――
「………」
ふと、窓に赤い髪の少女が映る。
外は曇り。
自分の像が、よく映える。
それを物憂げに見て、彼女はため息をついた。
歪んだ存在。
母と――そして、弟を『喰った』、自分。
「私は…」
口が、音なくその形を辿り、結局力なくため息を押し出す。
再びすたすたと歩き出した窓の外で、ついに振り出した雨がさあさあと音を立てて降り滴っていた。
それは、どこか暗示的に、レイザの耳に届いた。
過去と――未来とを、予感させて。
第三話 堕天使の聖堂 完 |