Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 カイオス・レリュードの亡霊 
* * *
――死に絶えた都 中央王墓



「我が呼び声に応えよ――。火球弾!!」
 ティナの叫びに呼応して、呼び出された属性が、ダグラスの一人を焼き尽くし、塵へと帰して消えていく。
(数が…多い)
 次の相手と剣を合わせながら、彼女は唇をかみ締めた。
 身体の透けた少年と、話をしていた最中、突然湧いてきた、十数人のダグラスたち。
 次々に手を合わせていくも、その意思のない瞳は、彼女の中に、嫌でも『彼』のことを想起させていった。
 ――石に囲まれた地下王墓。
 剣を合わせる、『カイオス・レリュード』と自分。
 そして、その果てに起こったこと――
(………)
 自分が向き合う人間が、『彼』ではないかと考えながらの戦闘は、剣速を鈍らせる結果となって、跳ね返ってきた。
 半ば、その勢いに押されながら、彼女は廊下を進んでいく。
 そういえば、あの少年の姿が見えない。
 無事に逃げられたらいいが、と思うも、彼のことを考える余裕は、それ以上なかった。
 ダグラスたちの攻撃は、――意思あるダグラスやカイオス・レリュードに及ばないといえ――決して油断できるものではない。
 しかし、その戦闘の所作がどこかぎこちないことに、彼女はふと気付いた。
(どこかに…先導…されてる?)
 彼らの動きには、『命を奪う』よりも、『追い詰めていく』ような意図があるように感じられた。
(どこに…?)
 流されるまま、ティナは通路を駆け抜けていく。
 ダグラスたちも、それを追う。
 押し出される形で、廊下の出口が光を帯びて迫ってきたとき、彼女は思わず息を止めていた。
(あ………)
 どきり、と心臓が高鳴る。
 ぽっかりと開けた、人工的な空間。
 そこに佇む、幾人かの人影。
 赤い目の七君主、青い眼のダグラス。
 ――そして。
(………カイオス)
 決して、抗えたことのない、『夢』の情景と現実が、はっきりと重なる。
 『ここ』だ。
 夢に見た、この場所だ。
 ここで、自分はカイオスと剣を打ち合わせる。
 そして。
(そして………)
 彼女を、暗い絶望が襲う。
 そんなティナに踊りかかるように、カイオス・レリュードが剣を抜き、地を蹴って肉薄してきた。
 それは、見たことのある軌道を描いてティナに吸い込まれていった。
 すべては、夢の通りに。


「っ」
 がきり、と刃がかみ合わさり、彼女は両手でかろうじて受けた。
 なんとか受け止めたものの、その勢いに押され、脇が締まり、呼気が漏れる。
(っ…)
 重い――本気の一撃。
 受けた腕が悲鳴を上げ、ぐうと息が漏れる。
 奥歯をかみ締めて彼女は何とかそれを跳ね返した。
 しかし、間髪いれず、返しの刃が降りかかってくる。
「くっ」
 目の高さで、ティナは受けた。
 見合う瞳は、やはり茫洋としていた。
 副船長などとはまったく別の意味で、動きが読めない。
 剣を交えたのは、二度目だ。
 一度目――アレントゥム自由市の光と闇の陵墓で剣を合わせたときには、感じなかった――
 本気。
 そして、意思のない『殺気』。
 そう――あの時とは、違う。
 あの時は、遊ばれていると思った。
 今は純粋に、叩き潰す気で刃を繰り出している。
(強い…)
 改めて、彼女は認めた。
 分かっていたことだったはずだが、実際に刃を合わせてみると、全然違う。
 こちらを静観している意思あるダグラスや七君主は、彼の勝利を確信しているかのようだった。
 というよりも、もしも彼らが手を出してきたとしても、今の自分には決して捌けない――そのくらい、降りかかる剣は、容赦なく、正確な場所に次々と打ち込まれていた。
「ぐ…」
 完全に防戦一方になりながら、ティナは剣を振るい続ける。
 次々に流れ出す汗が、熱い身体を伝っていく。
「はあ!!」
 かみ合った刃を精一杯弾き返し、ティナは一旦距離をとる。
 上がりきった息が、吐き出すたびに、耳にこだます。
 剣を握った指は汗にまみれ、それを支える腕は痺れていた。
 とても、これ以上ヤり合える状況ではなかった。
(どうする…)
 上がった息を整えながら、彼女は必死に打開の手を探る。
 これでは――本当に、『夢』の通りだ。
 堕天使の聖堂で――そして、何度かここに至るまでの道で見た夢。
 人工的な空間で、剣を打ち合わせる、自分とカイオス・レリュード。
(夢の…通り………)
 打ち返すので、精一杯だ。
 あと、何合持つだろうか。
「…っ」
 額の汗を拭った彼女は、眼前の男を見据えた。
 ほんの少し呼気が整い、相手を見る余裕が生まれる。
 余裕が生まれると、微かに疑問も生じた。
 戦いの『間』が、長すぎる。
 なぜ――自分を殺そうとしている彼が、相手が疲弊している、こんな絶好のチャンスに、仕掛けてこない?
「あ…」
 紫欄の瞳をすっと上げた彼女は、同時に声をも上げていた。
 なぜ、彼は仕掛けてこないのか。
 理由が――分かった。
 どきりと鼓動が高鳴る。
 相手の腹部が、赤く染まっている。
(何で…)
 ティナの剣は、彼に掠ってもいないはずだ。
 こんなの、『夢』にも『聖堂の幻』の中でも見なかった。
 もとからあった傷が、激しい動きで開いたのだろうが――。
 一体、なぜ?
 どこで?
「………」
 その理由を必死に探ろうとする彼女の背後に、新たなけはいが現れる。
「ティナ!」
「クルス…」
 複数の足音が、こちらに向かって近づいてくる。
 『意思のない』ダグラスたちと共に現れたアルフェリアとクルスは、ティナと向かい合う男の存在を見止めて、何かを言いかける。
 だが。

――フフ…手出シハ サセナイヨ。

 赤い目の七君主が、すっと手を上げる。
 腹部に裂傷を負ったカイオスが、再び地を蹴った。
 同時に、アルフェリアとクルスの両者に踊りかかるように、ダグラスたちが、空から現れ、一斉に襲い掛かる。
「な、なんだ!?」
「ティナ!!」
「私は、大丈夫だから…。っ!?」
 混戦へと巻き込まれていく空間で、ティナは再びカイオスと対峙する。
 開いた傷口の所為か、覚悟したよりは、微かに剣閃が鈍っている。
「…っ」
 かといって、状況は、ティナへと決して有利には働かない。
 生命をとして、全力で打ち込まれる刃は、依然として自分の命を狙っていた。
 だが――このままでは、彼自身も――
(どうすれば…)
 元凶を断てばいいのだろうが、そんな余裕も隙も与えられそうにない。
 それこそ、『共倒れ』状態ではないか。
「ちっ…」
 クルスやアルフェリアらも、自分の敵にいっぱいいっぱいだ。
 副船長らは、まだ現れるけはいはない。
 といっても――仮に彼らが駆けつけてきたとしても、やはり意思のないダグラスたちに阻まれてしまうのだろうが――
(どうする…?)
 自分が先か。
 彼が先か。
 それとも――
 この状況を打破するためには、どうすれば…。
(どうする…!!)
 重い剣をかろうじて受けながら、必死に視線を巡らせる彼女は、ふとその一点で目を留めた。
「あ…」
 こちらをじっと見つめる赤い瞳。
 それが、ティナを見て、明らかに、笑った。
「…っ」
 ぞくり、と背中を悪寒が走る。
 それは、いやおうなく、一つの情景を思い出させた。
 堕天使の聖堂の、不可思議な霧にまかれたとき。
 この地に向かう道中で。
 何度も見た『夢』の結末。
 打ち合う二人のその果てに、七君主は何をした――!?



――普通――人は、『時』に干渉できない。だから、そこで見せられたことが『変わる』ことは、ない。



 時のはざまに巻き込まれたティナは、『いろいろな』情景を見た。
かろうじてそこを抜け出した後で、問いつめた聖地の番人は、微かに哀れむような調子でこういった。



 ――だが…時のはざまに干渉できた、お前ならば、何か別の道が切り開けるかも知れないが。



 その言葉の、全てを信じたわけではない。
 アレントゥムでも、妾将軍の海域でも。
 彼女にできたのは、ただ『夢の出来事を追う』ことだけ。
 そこに干渉することはできなかった。
 ただ、後を追う現実を、『夢の通りに』受け入れることしか、できなかった。
 ――それがたとえ、どんな夢であったとしても。
(………!!)
 彼女は、しかし拳を握り締めた。
 変えたかった。
 未来を。
 自分の『夢』を。
 こんなに強く念じたのは、初めてのことだった。
 変えたい。
 変える力が、自分にあるのならば…!!

「…!」

 七君主の指先が淡く光る。
 仲間たちがはっとしたように視線を遣るが、間に合わない。
 小さいが軽く鉄を貫通するような魔力。
 それは間違いなく、自分を狙ったものだった。
 夢の通りに。
 そのとき、腹部に傷を負った彼が。
 微かに体制を崩す。
 その光景でさえも、『夢』の通りだった。
 腹立たしいほどに。
 正確に。
 見開く紫欄の瞳は、起こるべき情景を、いやというほど鮮明に浮かべることができた。
 姿勢を崩した彼が、七君主と自分との間に倒れ込み、そして。
 心臓を貫かれる『彼』の姿――

(ダメ!!)

「!」



 彼女の身体は勝手に動いていた。
 それは、彼女の意思を圧していた。
 剣を捨て、彼と魔力の前に躍り出る。
 放たれた魔力の軌跡を、確かに感じながら。
 ティナは、死に物狂いで立ちはだかった。
 仲間たちが、息を呑む。
 悲鳴じみた声が上がる。
 立ちはだかるダグラスたちの合間から。
 こちらを睨みつける七君主がはっきりと映る。
 ゆっくりと移り変わり行く景色。
 その最後の瞬間に、彼女の瞳がすれ違う『彼』の目を捕らえた。
 意思のない、死んだような青い瞳――

「…」


 ほころびかけた口元が、音を成すよりも早く。
 衝撃が、全てを呑みこんでいった。

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