――死に絶えた都 中央王墓
「我が呼び声に応えよ――。火球弾!!」
ティナの叫びに呼応して、呼び出された属性が、ダグラスの一人を焼き尽くし、塵へと帰して消えていく。
(数が…多い)
次の相手と剣を合わせながら、彼女は唇をかみ締めた。
身体の透けた少年と、話をしていた最中、突然湧いてきた、十数人のダグラスたち。
次々に手を合わせていくも、その意思のない瞳は、彼女の中に、嫌でも『彼』のことを想起させていった。
――石に囲まれた地下王墓。
剣を合わせる、『カイオス・レリュード』と自分。
そして、その果てに起こったこと――
(………)
自分が向き合う人間が、『彼』ではないかと考えながらの戦闘は、剣速を鈍らせる結果となって、跳ね返ってきた。
半ば、その勢いに押されながら、彼女は廊下を進んでいく。
そういえば、あの少年の姿が見えない。
無事に逃げられたらいいが、と思うも、彼のことを考える余裕は、それ以上なかった。
ダグラスたちの攻撃は、――意思あるダグラスやカイオス・レリュードに及ばないといえ――決して油断できるものではない。
しかし、その戦闘の所作がどこかぎこちないことに、彼女はふと気付いた。
(どこかに…先導…されてる?)
彼らの動きには、『命を奪う』よりも、『追い詰めていく』ような意図があるように感じられた。
(どこに…?)
流されるまま、ティナは通路を駆け抜けていく。
ダグラスたちも、それを追う。
押し出される形で、廊下の出口が光を帯びて迫ってきたとき、彼女は思わず息を止めていた。
(あ………)
どきり、と心臓が高鳴る。
ぽっかりと開けた、人工的な空間。
そこに佇む、幾人かの人影。
赤い目の七君主、青い眼のダグラス。
――そして。
(………カイオス)
決して、抗えたことのない、『夢』の情景と現実が、はっきりと重なる。
『ここ』だ。
夢に見た、この場所だ。
ここで、自分はカイオスと剣を打ち合わせる。
そして。
(そして………)
彼女を、暗い絶望が襲う。
そんなティナに踊りかかるように、カイオス・レリュードが剣を抜き、地を蹴って肉薄してきた。
それは、見たことのある軌道を描いてティナに吸い込まれていった。
すべては、夢の通りに。
■
「っ」
がきり、と刃がかみ合わさり、彼女は両手でかろうじて受けた。
なんとか受け止めたものの、その勢いに押され、脇が締まり、呼気が漏れる。
(っ…)
重い――本気の一撃。
受けた腕が悲鳴を上げ、ぐうと息が漏れる。
奥歯をかみ締めて彼女は何とかそれを跳ね返した。
しかし、間髪いれず、返しの刃が降りかかってくる。
「くっ」
目の高さで、ティナは受けた。
見合う瞳は、やはり茫洋としていた。
副船長などとはまったく別の意味で、動きが読めない。
剣を交えたのは、二度目だ。
一度目――アレントゥム自由市の光と闇の陵墓で剣を合わせたときには、感じなかった――
本気。
そして、意思のない『殺気』。
そう――あの時とは、違う。
あの時は、遊ばれていると思った。
今は純粋に、叩き潰す気で刃を繰り出している。
(強い…)
改めて、彼女は認めた。
分かっていたことだったはずだが、実際に刃を合わせてみると、全然違う。
こちらを静観している意思あるダグラスや七君主は、彼の勝利を確信しているかのようだった。
というよりも、もしも彼らが手を出してきたとしても、今の自分には決して捌けない――そのくらい、降りかかる剣は、容赦なく、正確な場所に次々と打ち込まれていた。
「ぐ…」
完全に防戦一方になりながら、ティナは剣を振るい続ける。
次々に流れ出す汗が、熱い身体を伝っていく。
「はあ!!」
かみ合った刃を精一杯弾き返し、ティナは一旦距離をとる。
上がりきった息が、吐き出すたびに、耳にこだます。
剣を握った指は汗にまみれ、それを支える腕は痺れていた。
とても、これ以上ヤり合える状況ではなかった。
(どうする…)
上がった息を整えながら、彼女は必死に打開の手を探る。
これでは――本当に、『夢』の通りだ。
堕天使の聖堂で――そして、何度かここに至るまでの道で見た夢。
人工的な空間で、剣を打ち合わせる、自分とカイオス・レリュード。
(夢の…通り………)
打ち返すので、精一杯だ。
あと、何合持つだろうか。
「…っ」
額の汗を拭った彼女は、眼前の男を見据えた。
ほんの少し呼気が整い、相手を見る余裕が生まれる。
余裕が生まれると、微かに疑問も生じた。
戦いの『間』が、長すぎる。
なぜ――自分を殺そうとしている彼が、相手が疲弊している、こんな絶好のチャンスに、仕掛けてこない?
「あ…」
紫欄の瞳をすっと上げた彼女は、同時に声をも上げていた。
なぜ、彼は仕掛けてこないのか。
理由が――分かった。
どきりと鼓動が高鳴る。
相手の腹部が、赤く染まっている。
(何で…)
ティナの剣は、彼に掠ってもいないはずだ。
こんなの、『夢』にも『聖堂の幻』の中でも見なかった。
もとからあった傷が、激しい動きで開いたのだろうが――。
一体、なぜ?
どこで?
「………」
その理由を必死に探ろうとする彼女の背後に、新たなけはいが現れる。
「ティナ!」
「クルス…」
複数の足音が、こちらに向かって近づいてくる。
『意思のない』ダグラスたちと共に現れたアルフェリアとクルスは、ティナと向かい合う男の存在を見止めて、何かを言いかける。
だが。
――フフ…手出シハ サセナイヨ。
赤い目の七君主が、すっと手を上げる。
腹部に裂傷を負ったカイオスが、再び地を蹴った。
同時に、アルフェリアとクルスの両者に踊りかかるように、ダグラスたちが、空から現れ、一斉に襲い掛かる。
「な、なんだ!?」
「ティナ!!」
「私は、大丈夫だから…。っ!?」
混戦へと巻き込まれていく空間で、ティナは再びカイオスと対峙する。
開いた傷口の所為か、覚悟したよりは、微かに剣閃が鈍っている。
「…っ」
かといって、状況は、ティナへと決して有利には働かない。
生命をとして、全力で打ち込まれる刃は、依然として自分の命を狙っていた。
だが――このままでは、彼自身も――
(どうすれば…)
元凶を断てばいいのだろうが、そんな余裕も隙も与えられそうにない。
それこそ、『共倒れ』状態ではないか。
「ちっ…」
クルスやアルフェリアらも、自分の敵にいっぱいいっぱいだ。
副船長らは、まだ現れるけはいはない。
といっても――仮に彼らが駆けつけてきたとしても、やはり意思のないダグラスたちに阻まれてしまうのだろうが――
(どうする…?)
自分が先か。
彼が先か。
それとも――
この状況を打破するためには、どうすれば…。
(どうする…!!)
重い剣をかろうじて受けながら、必死に視線を巡らせる彼女は、ふとその一点で目を留めた。
「あ…」
こちらをじっと見つめる赤い瞳。
それが、ティナを見て、明らかに、笑った。
「…っ」
ぞくり、と背中を悪寒が走る。
それは、いやおうなく、一つの情景を思い出させた。
堕天使の聖堂の、不可思議な霧にまかれたとき。
この地に向かう道中で。
何度も見た『夢』の結末。
打ち合う二人のその果てに、七君主は何をした――!?
――普通――人は、『時』に干渉できない。だから、そこで見せられたことが『変わる』ことは、ない。
時のはざまに巻き込まれたティナは、『いろいろな』情景を見た。
かろうじてそこを抜け出した後で、問いつめた聖地の番人は、微かに哀れむような調子でこういった。
――だが…時のはざまに干渉できた、お前ならば、何か別の道が切り開けるかも知れないが。
その言葉の、全てを信じたわけではない。
アレントゥムでも、妾将軍の海域でも。
彼女にできたのは、ただ『夢の出来事を追う』ことだけ。
そこに干渉することはできなかった。
ただ、後を追う現実を、『夢の通りに』受け入れることしか、できなかった。
――それがたとえ、どんな夢であったとしても。
(………!!)
彼女は、しかし拳を握り締めた。
変えたかった。
未来を。
自分の『夢』を。
こんなに強く念じたのは、初めてのことだった。
変えたい。
変える力が、自分にあるのならば…!!
「…!」
七君主の指先が淡く光る。
仲間たちがはっとしたように視線を遣るが、間に合わない。
小さいが軽く鉄を貫通するような魔力。
それは間違いなく、自分を狙ったものだった。
夢の通りに。
そのとき、腹部に傷を負った彼が。
微かに体制を崩す。
その光景でさえも、『夢』の通りだった。
腹立たしいほどに。
正確に。
見開く紫欄の瞳は、起こるべき情景を、いやというほど鮮明に浮かべることができた。
姿勢を崩した彼が、七君主と自分との間に倒れ込み、そして。
心臓を貫かれる『彼』の姿――
(ダメ!!)
「!」
彼女の身体は勝手に動いていた。
それは、彼女の意思を圧していた。
剣を捨て、彼と魔力の前に躍り出る。
放たれた魔力の軌跡を、確かに感じながら。
ティナは、死に物狂いで立ちはだかった。
仲間たちが、息を呑む。
悲鳴じみた声が上がる。
立ちはだかるダグラスたちの合間から。
こちらを睨みつける七君主がはっきりと映る。
ゆっくりと移り変わり行く景色。
その最後の瞬間に、彼女の瞳がすれ違う『彼』の目を捕らえた。
意思のない、死んだような青い瞳――
「…」
ほころびかけた口元が、音を成すよりも早く。
衝撃が、全てを呑みこんでいった。
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