Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 忍び寄る影 
* * *
――シェーレン国 ???



「っ…!!」
 空に投げ出されるような感覚の後、重力を感じたときには、身体が地面に叩きつけられている。
 とっさのことで受身を取ることができず、ティナはそのまままともに身体を打った。
「っいった…」
 感触からすると、石の床。
 ひんやりとした空気が、肌をじわりと侵食する。
 クルスがさらわれたとの話を聞いて、飛び出した直後、闇の石板を持った少年とかち合った。
 いつかのカイオス・レリュードのような、亡羊とした瞳――操られていたのだろうか。
 その、彼の手の石が光を放ったと思ったら――ティナはここに、投げ出されていた。
(どこ…)
 質感からすると、遺跡のようだ。
 人の気配がなく、からっと乾いた空気は、すこし埃の匂いが混じる。
(死に絶えた…都…とか)
 確かに、彼女は一度、遺跡を訪れた。
 たが、あの時は、操られていたカイオスを、どう元に戻すか――もっと言えば、あの不吉な夢にどう抗うか、考えてるだけでいっぱいいっぱいだったので、まじまじと遺跡を眺める余裕などなかったが、――整然とした石の通路に、刻み込まれた年月と、美しい装飾は、代々の王家の地下墓地であるにふさわしい華麗なたたずまいをしている。
 開けた部屋には、一見何もない。
 歩こうと一歩踏み出すと、ことん、と石が崩れる音がした。
「!?」
 なまじ、だだっ広くその上静かな部屋だ。
 反響した音が、幾重にもティナを包み込む。
(な…)
 ひたひたと迫るような沈黙は、――ティナが幽霊の類が苦手であることを差し引いたとしても――あまり、気持ちのいいものではない。
 身構えた彼女の前に、ふと、何かが浮かんでいた。
「え!?」
(石…の…)
 石の欠片が、ふわふわ宙に浮いている。
 非現実的な情景に、一瞬呆けたティナだったが、次の瞬間には、はっと身構えた。
 彼女には、見覚えがあった――天と地と地を分かつ石。
 闇の石板。
「…な」

――ふふ…。来たね…女。

「七君主!?」

――参ったよ…。『失敗作』を 操って 君を 折角殺そうと 思ってたのに…。逆に、こんな石の欠片に 乗り移る羽目に なるとはね…

「私をここに連れてきた、さっきの男は?」

――魔力の 無い分際で…闇の石板を 手にした 人間だよ。僕が、魔力を注ぎ込んで 操ったんだ…

 君に会いたかった、と欠片は囁いた。
 ふわふわと浮かぶその背後から、その少年は現れた。
 手には、石の欠片。そして、空ろに前を見据える瞳は、何も映し出してはいない――操られた者の、空虚な目だ。
 息を詰めたティナを前に、欠片は囁く。
 おとなしくしてもらおう。さもないと。

――この少年を 殺すよ…

「な」
 何のしがらみもない人間を、巻き添えにするというのだろうか。
 ティナは立ち尽くす。

――ふふ。

 欠片は、ゆらゆらと、空に佇んでいた。
 どうすれば、いい?
 考える端から、汗とともに、思考がすべり落ちていく。
 ここには、クルスも、アルフェリアも、ジェイドも、アベルも――カイオスも、いないのだ。
 自分、ただ一人。
 寄る辺の無い孤独が、こんなに重いと感じたことはない。
 少年を犠牲にしてでも、――石板を見過ごしてでも、まず自分の身を守るべきか。
 それとも、ここで今自分ができる、最善の戦闘を繰り広げるか。
(どうすれば…)
 立ち尽くす彼女の前で、欠片はくすくすと微笑んでいた。
 あたかも彼女の葛藤を、意味のないものだと、嘲笑うように。

* * *
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