かつて、シルヴェアと呼ばれた国で、後々に語り継がれる大偉業を遂げた、一人の王がいた。
北は現在のゼルリア国から、南はルーラ国まで。
大陸に湖面のように広がった版図を、大海のごとく展開、怒涛の勢いで拡大した、英雄王デュオン。
しかし、――後の歴史が語るには――彼に満足な褒美をいただけなかったために――多大なる貢献をしたにも関わらず、その恩賞の少なさに憤りを感じた一人の女性が、北方の地を分離・独立したところから、100年に及ぶ北国の歴史が始まる。
妾将軍の率いた、極寒の軍事大国。
その名に恥じぬ勇猛果敢な戦士たちの戦闘ぶりは、第一の大陸とされるミルガウス王国をも凌ぎ、現在まで影に日向に歩みを共にしてきた、千年王国の強大な盟友でもあった。
そして、そんな強大な力を統べるため、そして、ゼルリアの現地住民たちからすれば、侵略者たる自分たちの力を示すため――建国者だった妾将軍は、王者の資質として、『統治力』ではなく、『覇者としての力』を要求した。
王位継承の可能性を約束された者たち、全員による決闘。
生き残った生者ただ一人による、絶対統治。
そこには、性別や年齢は関係なく、王の血を引くとあれば、妾腹や乳飲み子まで戦場に引き出された。
血塗られた決闘を免れる術は、唯一つ。
決闘の前にこの世を去るか、俗世の全てを捨てて出家をするか。
出家をすれば、この世に命を繋ぐことはできる。
だが、例えその後還俗したとしても、待っているのは『尻尾を巻いて逃げた』自らに対する動かしようもない風評と、力だけでのしあがった覇者に対する絶対忠誠――。
「わたしは、そこに何の価値も見出せなかった」
第一王子が立てこもった王城になだれこんだアルフェリアは、空のはずの玉座に座る人物から、その言葉を聞いた。
そして、彼の傍らの男が一歩踏み出し、決意を持った眼差しで天を見上げるのを、横目にぼんやりと見ていた。
流れ者だった彼が、奇妙な縁でその男――ダルウィン・ジルザーク・サレリアと会ったのは、何か見えざるものの導きでもあったのか――。
彼が『玉座に最も遠い』王位継承者と知ったときは、驚いた。
男の出す雰囲気が、およそ権力を振りかざす人種とはかけ離れて、穏やかで底知れない深さを持っていたからだ。
その彼が、玉座から最も『近い』といわれた第一王子に命を狙われ、腹心に殺されかけたこと。
そして、ロイドの率いる海賊達に助けられ、妾将軍の時代から続く王位継承の儀を踏みにじったと、反抗ののろしを上げた。
幾多の『敵』を退け、ついに第一王子の待つに攻め入ったアルフェリアたちに、長兄は淡々と子供を諭すように語った。
「国の形は定まり、統治は安定し、いまや現地民族でさえ、我らの支配を進んで受け入れる――必要なのは力ではない。複雑な文化背景を持つ民族たちを、できる限り不平等なく統治できる、内政の雄」
「そのために、私を――他の兄弟を弑したてまつったのですか。――貴方が玉座に座る、ただそのためだけに。」
「妾将軍の敷いた理に上で、私はあがくしかなかった」
「あなたが殺した私たちの兄弟の中には、5才の幼子もいました。大きくなったら、あなたのように賢く、あなたのように民を導きたいと――兄上、本当にあなたのこと慕っていた。
兄上、どうかよくお考え下さい。あなたのしたことは、本当に『必要な』ことだったのですか?
貴方に本当に、武に頼らず他を統治するほどの力があるのであれば、妾将軍の引いた道を、皆の合意の上で変えることもできたはずです」
「……」
「あなたは、逃げたのです」
アルフェリアは、せつせつと言葉を交わす二人の『王者』を、どこか冷めた眼差しで眺めていた。
それは、どこか、自身の遠い記憶と重なるようだった。
道を外した人間に対して、自身がぶつけた言葉――
「あなたは、逃げたのです。兄上」
ダルウィンの言葉が、玉座に座る人物へと、空しく響いた。
そこには、王を守る兵士も、治世を支える民もいない。
一人、敷かれた道に抗って罪を犯した男が、ぽつんと佇んでいた。
「兄上――私は、貴方を裁きます。貴方に玉座を渡すわけにはいかない」
「ダルウィン」
「残念です…兄上」
後に国王となるダルウィンが、人前で涙を零したのは、後にも先にもこの時だけだった。
だが、その時の将軍の目には、王の表した一滴の感情より、それを睥睨した『反逆者』の透明な目が、焼きついて離れなかった。
――ダルウィンの言葉に諭されながら、その目は、決して己の行いを悔いてはいなかった。
否、なぜ自分が断罪されるのか、心底分からないといったような、不可思議な光を湛えていた。
「残念…か。私も、残念だよ」
ため息をついて、彼は立ち上がった。
ふわりと風を受けた羽織が、まとわるように舞い上がった。
「ダルウィン――お前は、『死んでおく』べきだったな」
「………」
「お前が生きて、声を上げたせいで、この国は二派に分かれ、争いの中に巻き込まれた――そう、全ての人間が、私を否定したわけではない。それは、皆が理を曲げても私の統治を望んでいることを示している」
「そうかも、知れませんね」
「そうだ。お前のおかげで、国は二つに割れてしまった。私は、お前に敗れるのではない。古い理に従い、自ら舞台を降りるだけのこと。だが―― 一度分かたれてしまった溝、ちょっとやそっとのことでは、修復なぞできぬぞ」
「覚悟しております」
「…お前は、本当に死んでおくべきだったな」
「兄上…」
第一王子は、不思議なほど、透明な光をたたえた瞳を、天へ向けた。
それは、たくさんの人間を巻き込んで、たくさんの人間を死に追いやった男のものとしては、並外れて綺麗な光だった。
「さあ、私を殺せ」
「………」
ダルウィンが、葛藤というものを表したのも、――アルフェリアの知る限り、後にも先にもこの時だけだった。
対照的にうなだれて、ぎりりと歯を噛みしめた王者は、やがて天を仰ぐと兄に静かに語りかけた。
穏やかな黒の目が、親愛する兄弟の姿を映して、ゆらゆらと揺れていた。
「兄上――あなたは殺しません」
「………」
「北の地へ、行っていただきます。そこで、私が創る国の形を、どうかお見届けください。あなたのなしたこと、大切な者を奪われた者のことを――どうか、お考えください」
第一王子から、ついに謝罪の言葉は語られなかった。
ただ、その後北の地へ渡った彼は、その期待に違わず――かの地を無難に統治している。
■
――最北の砦
「ようこそおいでなされました。このような場所に――お疲れでしょう」
ティナたちを出迎えた北方領主――『レーウィン・ジルザーク・リウェンド』は、北の大地にあっても温和な眼差しで、一行を歓迎してくれた。
北の最北に居を構える、極寒の地最大の領主。
それは絶対君主たるダルウィンに次ぐ権力を約束された者の住まう地だった。
東西の二方から迫る大山脈は、良質の鉱山として、優れた武器の算出を助け、数多の職人達の集う城下町が、吐息まで凍えそうな大地を、熱く潤している。
その北限は、東西に引かれた一文字の砦によって完全に遮断され、『人の住まう地』の北限としての機能も果たしていた。
――そこから先は、完全なる荒野――。
あまりの寒さに、葉の緑色まで失った惑いの黒き森が、まばらに点在しているのみ――。
北限の砦を越えることは、ゼルリアの支配から解き放たれることを意味していた――それは、逆に言えば、そこから先に何が起こっても、ゼルリアの力は及ばないことを示している。
国の力に守られた治安は、荒波に呑まれた泡のように、無力に掻き消える。
しかし、良質の鉱山帯に恵まれた大地には、無限の可能性が眠っている。
過酷な環境に屍をさらすか、希望を堀り当て、脚光を浴びるか―― 一獲千金の夢を求め、探求者たちが旅立つ門。
始まりと終わりを司る場所。
北方領主は、その扉の、唯一にして絶対の番人だった。
カイオスとアルフェリアが領主と話をするために応接間に通され、ティナたちは別室で待つことになった。
火の属性継承者であるお陰か――砂漠の暑さには耐性があるが、寒いのはどーも苦手のティナにとっては、雨露が凌げる室内――しかもぽかぽかと暖かい――は、ほっと一息つける場所だった。
「ああー。あったまるー」
「ホントよねー。私も、火系列の属性継承者だから、寒いのは苦手なのよ」
「え、そうなの?」
「うん」
猫のような目をくるっとティナの方に向けて、彼女は頬杖をついた。
「三属性『炎』の継承者。なーんと、あの左大臣様とおそろいよっ」
「………レイザ」
ちなみに、カイオスは確かに、三属性『氷』の魔法を扱えるが、氷と炎は相性が悪いどころか、反発し合って、相殺して、消えていく運命にある。
「なんで…そんな、カイオスがいいの?」
「んー?」
「ああ、それは、私も興味あるかもねぇ」
ぱくぱくと出されたお菓子を平らげているクルスとロイドを尻目に、エカチェリーナも加わってきた。
二人の女から問われて、そうね、と顎に人差し指を添えた少女は、
「お金?」
しれっと応えた。
ティナは、思わずきょとんとした。
「――は?」
「だから、お金よ。世間の男女が別れる理由第一位は何だと思ってるの。そう、経済的な理由よ! 愛だけじゃ、暮らしは立ち行かない。世知辛い話だけど、ここを抜きにしちゃ…」
「ち、ちょっと待って。別に、お金っていうんなら、彼じゃなくても」
「バカねぇ」
ちっちっちとレイザは指を振った。
ワインレッドの瞳が、意味深に揺れている。
「お金『だけ』持ってる人なんて、確かに世の中沢山いるわけよ。けど、その中でも、顔も性格も――あー、ちなみにもいっこ言うと、若さも兼ね備えた人なんて、そーそーいるもんじゃないでしょー。何気にお優しいしね。ゲットしないで、どーするってのよ」
「は、はあ…」
そういうもんなのだろうか。
ぎこちなく相づちをうつティナの隣りで、エカチェリーナはなるほどね、と一つ頷いた。
「確かに、かなりの好物件ではあるよねぇ。まあ、私にとっちゃ10以上も若い男はさすがに対象外だけど。若すぎるね」
「え、…え?」
それは、『10以上離れていなければ、ばりばりに恋愛対象になりえた』ようにも聞こえる。
びっくりするティナに、エカチェリーナは、ふっと息をついた。
「よーく、考えてごらんティナ。あの御仁、――確かにミルガウスの中にあって、あのナリだけど、変に気取ったところもないし、それなりに責任の取り方も心得てる。何より浮ついたところがないしね」
「う、…うん」
「まあ、多少アクアヴェイル人にしちゃ愛想はないが、そこもまたご愛嬌かねぇ」
「は、はあ」
そんなもんなんだろうか。
レイザが熱心にうんうんしているのを見ながら、ティナは真剣に考えてみた。
確かに、――最初は、なんだかんだでかち合ったところはあったが――最近は撥ね付けるような感じではないし、むしろ、死に絶えた都では助けてくれた。
だが。
「まあ…相手は選ぶらしーからね」
緑の館で言われた言葉を、とほほ、といった心地で思わず呟くと、レイザがまあ、と眉を上げた。
「当然でしょう! 左大臣様が、あんたなんか相手にするわけないじゃない」
「あー、そりゃそーなんだけども」
「そうだねえ、ティナ、それって」
「?」
エカチェリーナが、さりげなく突っ込んだ。
「あの御仁から、直接言われたのかい?」
「うん」
「…まあ、意味は二通りだね」
「う?」
「どういうこと?」
意味深な発言に、ティナだけでなく、レイザも首を傾ける。
少女達の純粋な視線をうけて、エカチェリーナは喉の奥で笑った。
「まあ、そのうち分かるよ。大人になれば、ね」
「なにそれー」
「気になるんだけど」
「ふふ」
目を細めた女が話題を変えようとした時に、ちょうど部屋の扉が開き、アルフェリアたちが入ってきた。
■
「よし、北方に赴く許可が出たぞ」
「え、結構あっさりなのね」
「話は分かる方だからなー」
ひょいっと肩を竦めたアルフェリアは、親指で外を指し示す。
小雪の舞い散る窓の外は、凍えた景色を映し出している。
「せっかく暖まってたところわりぃけど、こっからは目印ってもんがないからな。何せ、村もない。時間が惜しい」
「うん」
いよいよ、北の大地に赴く――。
ミルガウスを出てから、現在で五日ほど。
しかし、北の大地は果てしなく広大――道しるべすらない。
「あのさ、町ならあるだろ…?」
「?」
おずおずと口をはさんだロイドに、全員の視線が集中した。
無言の圧力に促される形で、彼は頭を掻く。
「いや、だからさ。ほら、ミルガウスで、目的地は、『フェイの故郷の辺りだ』って言ったろ? 北方には、『地図にはない村』ってのがあってだなー」
「その通り」
不意に、穏やかな声が割り込んできて、ティナたちははっと後ろを振り返った。
そこには、冬の澄んだ空のような目をした男が立っている。
端正な面影に、ダルウィンと重なるものがあった。
北方領主――レーウィン。
「領主殿」
「地図の上では、ここから北は、村一つない完全な荒野です。しかし、たった一つだけ――惑いの森の真ん中に隠されて、人が存在する集落がある。それは…」
「『混血児の隠れ里』」
引き継いだのは、エカチェリーナ。
彼女は、滑らせるように、視線を窓の外へと移した。
蒼い髪が揺れ、寒空を――そこに息づく職人達が吐き出す、幾筋もの工場の煙を映し込んだ。
「王子がそこの出身だってのは、知ってた。――混血児や異民族たちが寄り添って暮らす、――私らにとっては、唯一つの安寧の地」
「エカチェリーナは、そこの出身なの?」
クルスの問いかけに、彼女はゆるく頭を振った。
「いいや。あの村は、同族には優しいが、その分異民族を徹底的に排除したがる。――外でひどい扱いを受けたヤツらが多いからね。まあ、だからって全ての異民族や混血児があの村にいるわけじゃないからね。…私は外の出身だけど、その存在は聞いたことがあった」
「…」
エカチェリーナの後を、北方領主レーウィンが引き継ぐ。
「彼らは、かの地に眠る、強大な力の『護り人』の役割を負うことで、安寧を約束されている。私が思うに、砂漠の地で発現した異空間のゆがみができやすい場所でもある。強大な力同士は、影響しやすいからね。可能性として、そこを目指すのがよろしいのではないかと」
「はい」
しっかりと頷いたティナは、しかし、あることに思い至って首を傾げた。
「けど、そんな村の場所なんて、どうやって調べればいいの? 地図には載ってないんでしょ?」
「そーだなー。オレも、場所までは知らねーや」
「後さ後さ。たどり着けたとしても、村には入れてもらえるのかな? だって、イミンゾクは排除されちゃうでしょ?」
ロイドとクルスも畳み掛けて、どうしよう、といった空気が漂った。
「左大臣様…どうにかならないんですか?」
レイザが伺うが、カイオスも沈黙している。
何となく、先行きに不安が漂いそうになったところで、穏やかに口を割ったのは、北方領主だった。
「道案内なら、君たちの中に、適当な人間がいるんじゃないかと、思うのだが」
「…?」
「どうして、そうも素性を隠したがるのか…アルフェリア将軍」
「…」
名指しで示されたのは、ティナたちにとってはかなり予想外の人間だった。
今しがた、村は『混血児か異民族』しか受け入れない…といったような話を聞いたところだ。
どうして、黒髪に黒目のゼルリア人である彼が、村に関係があるのだろうか。
「アルフェリア?」
「いや、レーウィン殿。ご容赦くださいよ」
苦笑して領主を牽制するも、もう後の祭りだ。
皆のもの言いたげな視線の前に、彼はため息混じりにぼそりと吐き出した。
「そーだよ。俺は、その村の出身だ。――ったく、余計なこと知られちまったな。…まあともかく、道案内ならできるぜ。さっさと行くぞ」
彼は、抑揚なく一息にそう言い切った。
その様子は、あたかも、それを知られたくなかったようで。
すたすたと歩いていく後姿は、全身で詮索を拒絶している。
言葉をかけるにかけられず、釣られて歩き出す仲間たちに続いて、ティナも足を踏み出そうとした。
そこに、
「お気をつけて」
領主の声がかかる。
穏やかな――底知れない声。
「あの、ありがとうございました」
「何か?」
「いえ、領主さまが教えてくれなかったら…多分、アルフェリアは自分から言わなかったと思うから」
そして、その結果、ティナたちの旅足に悪影響が出ていた可能性もある――。
「…」
領主は含み笑いに似た表情を見せた。
「もしも、弟であれば」
「?」
「言葉巧みに、アルフェリア自身から話たくなるように仕向けていたでしょうね。しかもそれと悟らせずに」
「…」
弟、とは現ゼルリア国王のダルウィン陛下だろうか。
ティナの中の印象は、妾将軍の宝の海域の件があった直後、事後処理のために立ち寄った王城で、ちらりとお会いしただけ――。
正直、顔も大体の印象くらいしか覚えていないくらいだったが。
「王者は、命令するのが仕事ではなく、人にその人自らの意思において『動いてもらう』ことだと…この地でのんびり暮らしている中で、そう思います」
「…そうなんですか」
「ええ、そうですよ。弟は、よくやっています」
のほほんと笑ったレーウェンは、最後に意味深に付け加えた。
「だから、できることなら――せめて『あなたのこと』は、あなた自身の口から、聞きたかったですね」
「え?」
「お変わりないようで、何よりです。少々『お変わりなさ過ぎて』、驚いてしまいましたがね」
「あの…」
「…。覚えていらっしゃらないのですか」
残念です、と呟いた北方領主の口上は、途中でかん高い少年の声に遮られた。
「ティナー! 何してるの? 行っちゃうよー!」
「あ、ごめんー」
手を振って、応える。
領主の方をちらりと見ると、不可思議に透明な光を宿した瞳が、ティナを見つめていた。
「ここから先は、道標のない危険な旅路です。どうか――お気をつけて」
「ありがとうございます」
たっと駆け出した背中に、しばらくこちらを見つめている領主の瞳を感じる。
アルフェリアは、彼のことを、『大逆者』だと言った。
自分が王になるために、サラの兄を巻き込んで、何の罪もない王位継承者たちを殺させていた、と。
その風評が示すのは、血塗られた人間の、あまりに自己的な悲しみ――。
だが、彼女が触れた北方領主は、あまりに透明すぎて。
自分の『罪』を、どのように受け止めているのかさえ、分からなくて。
人間らしさが、あまりに感じられなくて。
(こんな人もいるんだ…)
そんな彼と、自分が会った事があるのだろうか。
分からない。
ティナには、その記憶はない。
「…」
ちらりと最後に振り返ると、彼はまだ廊下にいて、ティナたちの行く末を透明な瞳で祈っているように、ただ祈っているように見えた。
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