Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
  終章  ゼルリアからの使者
* * *
 土の神剣の一件があって数日。村は何事もなかったかのように平静さを取り戻していた。
「じゃあよー。たとえばあの時オレが武器破壊に走ってたら、どーなってたんだ?」
 無我夢中で神剣を手にしたものの、アルフェリア自身、そのときの状況は詳細に覚えているわけではない。
 火事場のナントカだろうか。あの後、神剣は消えてしまって――ティナいわく、消滅するように消えてしまったらしい――アルフェリア自身も意識を失った。
 それから目覚めて今まで、魔法らしきものを使える気もしなければ、神剣を手に取ったときのように、土の精霊の気配を感じ取れる気も全くしない。
「武器破壊って神剣を破壊するってことでしょう?」
 アルフェリアの純粋な疑問に、居並ぶ魔法使いたちは、一斉に答えに窮した。
 もっと正確にいえば、ドン引きした。
「ええっと……神剣は、属性の源泉と同時に、その力を制御する要だから」
「よくて術者死亡。悪ければ、土のエレメントが暴走して大破壊が起こってたかもねぇ」
「術者死亡って……」
「そもそも、神剣を破壊するなんて大それたこと、普通誰も考えない」
「ああ?」
「さすが、発想力がそこらへんの魔術師とは大違いだな」
「ケンカ売ってのンか、カイオス・レリュード」
「別に」
 ヒトの神経を逆なでする発言を平然としておいて、しれっとお茶に口をつけたカイオス・レリュードは、横目でエカチェリーナを見やってから、
「魔法の理論的な基礎を、教わっといたほうがいいんじゃないか?」
 言外にエカチェリーナを推しながら告げた。
 どこか面白くないアルフェリアは、一矢報いるべく、オトナゲナイ手段に出る。
「おおー。じゃティナに一対一で、手とり足とり教えてもらおうかな」
「え、私!?」
「不死鳥憑きの巫女様なら、魔法は得意中の得意だろう?」
「えー、でも……」
 彼女の性格上、快く引き受けると思ったティナは、意外に困ったように視線を周囲に向けた。
「まあ、ティナは教える向きじゃないよねぇ」
 エカチェリーナがさりげなくフォローに入り、
「魔法が強いことと、人に教えることに向いてることとは、全く別問題だぞ」
 カイオス・レリュードがフォローなのかどうなのか、よく分からないことをしれっと付け加える。
「特に、才能に任せて魔力を湯水のように使う天才には、素人の素朴な疑問は理解の外だろう」
 いつかエカチェリーナの話からアルフェリアが感じたことを、あろうことかカイオス・レリュードは本人の目の前で堂々と口にした。
(てめーは『ケチな倹約家』のクセによ……)
 思ったが、大人げないので口にはしない。
 不満そうに声をあげたのはティナ・カルナウスだ。
「確かにわたしあんまり理論得意じゃないけど……。カイオス、何か悪意ない?」
「別に」
 静かにお茶を飲み干すミルガウスの左大臣を見て、ティナはつんつんと隣のアベルをつつく。
「悪意あるよねぇ?」
「え、割と私にはあんな感じですけど?」
「アベル、それでいいの……?」
 愕然とティナが呟いたとき、混血児の村の村長――ディーンが室内に入ってきた。
 アルフェリアの姿を見止めると、短く告げた。
「ジュレスの目が覚めたぞ」
「……そーか」


 土の神剣の一件の後、ジュレスは意識を失い――今日まで眠り続けていた。
 彼女のジュリアへの思い。
 アルフェリアに向けた、純粋な殺意。
 それが魔の神剣に捧げられた憎しみだったとしても――否、それが偽らざる彼女の憎しみだからこそ、アルフェリアはどのような顔をして相手に会うべきか図りかねていた。
「ジュレス、入んぞ」
 ノックをそこそこに――しかし、思い切って扉を開けたその先の部屋で、混血児の銀の髪を気だるげに掻きあげたジュレスが、あら、とこちらを見返した。
 神剣に生命力を吸い取られ、大分やつれてはいるが、土の神剣の祠で見せた狂気じみた空気は、すっかりなりをひそめていた。
「どうしたの? 恨みごとでしたら、いくらでも聞いて差し上げてよ」
「いや、よ……。体、大丈夫か?」
「あら」
 非常に居心地悪く投げかけた言葉を、意外そうにジュレスは聞いた。
 まじまじと下から弟を見上げて、
「いつの間にそんなかわいげ身につけたの?」
「るせーよ、余計なお世話だ! ああ、いや……」
「あら、そのくらい小生意気な方が、あなたらしいわ」
「らしいって……」
 ジュレスはこだわりなくこちらと接しているのに、アルフェリアの方はどこか煮え切らない。
 頭を掻きながら、アルフェリアは勇気を出して、口にした。
「その、ジュレス……、ジュリアのことなんだが」
「ジュリアが亡くなったのは、目をえぐられて、感情を解放させてしまった、不幸な事故の結果よ。あなたは、それに巻き込まれてしまっただけ」
 透明な視線で、ジュレスは淡々と語った。
「あなたに、非はない。頭では分かってたのに……。あのキルド族の少年の言葉に、わたしは我を忘れて憎しみに心を明け渡してしまった。無様で恥ずかしいわ。ジュリアは、あんなこと、望んでいなかったのに」
「……」
 アルフェリアは立ち尽くしたまま、紡がれる言葉をただ聞いていた。
 沈黙が、二人の間をむなしく満たす。
 かきむしるようなもどかしさの中、ジュレスがふとこちらを見上げた。
「わたくしね、本当はあなたのこと、少し怨んでいたのよ」
「そう……なのか」
「ええ。堕天使の聖堂で再会するまでは」
「……」
 それは、アルフェリアにとっては意外な場所の名前であると同時に、ある予感が脳裏によぎった。
 その予感を塗り固めていくかのように、ジュレスは言葉を重ねていく。
「姉を失って、家族も失って――わたしは村を出たわ。もうここに、わたしの居場所はなかったから。あなたのせいでないことは分かっていたけど、だからこそやり切れなかったの。だから、あなたさえいなければ、なんてことすら、思っていた。だけど――」
 混血児の藍色の瞳は、柔らかい。
「堕天使の聖堂で再会したら、嬉しかったの。わたくしも、家族が生きていて、心から嬉しかったの」
 だから、あなたを『ニセモノの継承者』として殺さなければならないと聞かされたとき、大きく心を乱してしまった……、とジュレスは続けた。
「ごめんなさい。ごめんね……アル」
 愛称で呼ばれたのは、いつぶりだろうか。
 アルフェリアは胸中を言葉にすることができなかった。感動してたまるかちくしょう、とすでに動ききった心の片隅で、最後の抵抗をしてみるが、無駄な努力だ。
「もーすぐ、さ」
 言うに事欠いて、アルフェリアは思わず口走ってしまった。
 言ってしまうと引っ込みがつかなくなって、まくしたてるように口早に言い切った。
「家族が増えるんだ。会いに来いよ。ゼルリアに、さ」
「あら」
 ジュレスは、頬を赤らめて、本当に嬉しそうな表情を見せた。
 しかし、くすりと笑って、いたずらっぽく続ける。
「あなた身重の奥さん放っておいて、こんなところにいていいんですの?」
「るせーな、全部落ち着いたら、帰るんだよ」
 あんたこそ、いい年して、そろそろ身を固めろよ、と軽口をたたくと、余計なおわせですわ、と澄ました返事が返ってくる。
「そもそも、あんたいまどーやって生活してんだ。年がいなくそんなひらひらした服着やがって」
「あら知りたい?」
 くすり、と笑ったジュレスは、他の方には内緒ですわよ、と全然内緒にする必然性を感じさない軽さで前置きした。
 飲み屋で知り合った一夜限りの男にも、同じセリフを吐きそうだ。
 あら、私が見つめているのは、あなただけですわよ、なーんて。
「……は?」
 ジュレスの口から告げられた予想外の職業に、アルフェリアは今までの感動を全て吹っ飛ばして、立ち尽くした。
「それって、マジの話?」
「マジの話ですわ。アレントゥム自由市には、任務でいましたのよ♪」
「あんたまさか、あの人のヒトの良いことに付け込んで、取り入ったんじゃねーだろな」
「まあ、失礼ね。あの方からわたくしを誘ってくださったのよ」
「マジかよ……」
 そんなバカな、と混乱が収まりきらないタイミングで、外がにわかに騒がしくなったのを感じた。
 侵入者がどーのこーの、と物騒な単語が飛び交っているのに気付いて、アルフェリアは単身部屋を出た。
 意思あるダグラス、またはウェイ・アグネス・ウォンの急襲か。
 屋外を覗いてみると、予想に反してそこに見知った顔を見止めて、アルフェリアは声を上げた。
「ベアトリクス!?」
 ゼルリアの四竜の一人、白竜ベアトリクスが、白い吐息を零しながら、混血児たちに囲まれてそこに居た。
 彼女はゼルリア北方に生活する少数民族の出身だ。雪国の地理にも詳しい。
 おそらく、アルフェリア達が最初に村を訪れたときのように、惑いの森に侵入したところを、混血児たちに捕縛されて連れてこられたのだろう。微かな戦闘の跡が見受けられる。
「アルフェリア。他の方々も、お久しぶりです」
 亜麻色の髪を払って、毅然と彼女は告げた。
 端的な、絶対的な事実――その場の誰もを凍りつかせる言葉を。
「シェーレン、ルーラ、アクアヴェイル公国が結託して、ミルガウスとゼルリアに宣戦布告をしてきました。ちょうど、アクアヴェイルに赴いていたミルガウスの太政大臣エルガイズどのと左大臣補佐ダルスどのが拘束されたとのことです」
 氷の風が巻き起こり、新たな波乱の幕開けを告げた。


 それは、まさに寝耳に水を流し込まれるような突然の情報だった。――少なくとも、アルフェリアにとっては。
 第一大陸中央部から北西部に位置する、ミルガウス、及びゼルリア王国。
 海を隔てたシェーレン、アクアヴェイルに対し、第一大陸南部のルーラと直接国境を接するミルガウス王国は、すでに戦闘に突入している恐れもある。
 さらに、砂漠の国第三大陸ほぼ全土を掌握するシェーレン王国は、物流の要だ。ここを抑えられると、物資の流通がとどこおり、長期的にこちらが不利になる。
「ちっ……」
 思わず、舌打ちしたアルフェリアは、しかし傍らにいたアクアヴェイル人の男が、短く零すのを確かに聞いた。
「来たか」と、ただ一言。
(まさか、すでに兆候をつかんでたのか)
 シェーレン国やルーラ国の動向がおもわしくないことは、アルフェリア自身把握している。しかし、宣戦布告を持ち出すまでに関係が急激に悪化する事態は、まったく想定していなんかった。
 問いただそうと口を開きかけた、まさにその瞬間だった。
「呼ばれて飛び出たじゃじゃじゃじゃじゃーん!」
 突然、雪の白を反射して七色の光が混血児の村の入り口に出現した。
 そのまばゆさに、誰もが一瞬目を庇う。
 ひい、とティナが顔をひきつらせたのを、アルフェリアはたまたま目撃した。
「やっほー。子猫ちゃんたち。お待ちかね、大スターの登場だよん!」
「待ってないし、呼んでないわよ、羽男!!」
「ティナちゃん、会いたかったー」
「二度と会いたくなんてなかったー!!」
「羽男?」
 個人の名前とは思えない、独創的な呼称に聞き返すと、ティナは全力で嫌悪感を表現しながら、身ぶり手ぶりで訴える。
「シェーレン国で会ったの! すごーく、うっとおしくて、きらきらしてて、肌がムカつくくらい綺麗なの!!」
「おい、半分嫉妬入ってんぞ」
「しかも、カイオスのし」
「余計なことはいい。首尾は?」
 カイオスのナンなのか、結局不明なまま、アクアヴェイル人の容貌をした青年は、話を羽男と呼ばれた極彩色の男に振った。
「ふっふっふっ」
 ちっちっちっと指を振りながら羽男。
「よくぞ聞いてくれた聞きたまえー。ボクは君の無茶ぶりをすべて華麗になしとげ、めくるめく楽園に誘われるべくご褒美を受け取りに――」
「彼らは」
「ミルガウスの君のおうちにそろってるはずだよん♪」
「分かった。すべて片付いたら、例の件は必ず手配する」
「約束だよん♪」
 うっふんあっはんと身をくねらせる羽男を、マジメな混血児の村の住人達は、ゲテモノを見るかのような目つきで遠巻きにする。
「何者だ……?」
「あら、あの方」
「ジュレス」
 建物から出てきた混血児の美女は、極彩色の羽男を見て、意外そうに眉を上げた。
 それは、もの珍しい珍獣を目にしたときの反応、というよりは、旧知の知人に会った時の反応のように見えた。
「おい、知り合いかよ!?」
 小声で問いただすと、あっさりと頷かれてしまう。
「同僚ですわ」
「なにぃ!?」
「しかも、たぶんあなたのセンパイにあたる人間だと思いますわ」
「はぁ!?」
「モト四竜」
 なんじゃそら、と頭を抱えるその横で、一連の騒ぎをじーっと見つめていた混血児フェイ・アグネス・ウォンは、同じく事のなりゆきをただ見守るロイドに、淡々と告げた。
「ほら、オレが正体を明かしたから、厄災が起こった」
「いや、それは……こじつけだろう?」
「船のみんなも戦争に巻き込まれる」
「そりゃ、オレの義理のにーちゃんが、ゼルリア国王だし、できることは協力しないといけないけどさ」
 ぽりぽりと頬を掻きながら、ロイドは至って気楽に告げた。
「大丈夫だよ。みんな強い。どんな戦艦が来たって、だいじょうぶだ」
「……」
 まだこの時は。
 ロイドの全てを抱擁するような楽天的な明るさが、フェイを大部分救っているように見えた。
 時が動き、新たなる事実を彼らの元に運んでくるまでは。
 場所を移して、ゼルリア王国。
 ミルガウスからの伝令兵が、彼らに新たなる一方をもたらした。
 ミルガウスの首都に停泊していた海賊船、沈没。
 乗り組み員は、生死をさまよう重体。
 難を逃れた最年少の戦闘員――キリと、海賊たちが保護していた混血児の子供が、事の一部始終を目の当たりにした。
 襲撃者は――たった一人。
 混血児の、少女。


「さあ、カーニバルの始まりだ」
 アクアヴェイルの若き国王は、杯を掲げた。
 応える臣下はただ一人。
 往年のアクアヴェイルを支えた賢臣にして、今なお絶大な信頼を国の内外から得る希代の賢者、ダグラス・セントア・ブルグレア。
 男は、聡明な光を宿した宝玉のような目を、玉座の王に振り向けた。
「まだ、祭りの時期には――少々早うございますな」
「連れないことを言うね」
 杯のふちに口づけて、くすくすと青年王は笑った。
「せっかく不安定だった土の神剣を、暴発させようと思ったのに、あっさり調和を取り戻しちゃったからね。つまんないからさ。今度はハデに行こうよ。世界を巻き込んで、祝祭だ」
「前夜祭、に過ぎないでしょう」
 ダグラス・セントア・ブルグレアは、調子を変えず、淡々と言い切った。
 前夜祭。祭りの前の一時の戯れ。
「どのみち行く末は決まっているのです。国も、世界も」
「そうだね。決まっている」
 くくく、と王は上機嫌に杯のワインを飲み干した。
 口元を濡らす葡萄の赤が、蝋燭の光にちらちら映えた。
「ティアーナはボクのモノだ」
「あのカイオス・レリュードを殺してあげる」
「ボクのいない世界に意味を見出す必要はあるんだろうか」
 一つの肉体に宿った三者の魂が、一つの口を借りてそれぞれの思惑を告げた。
 灯りが頼りなく揺らぎ、風に弄ばれた炎が消え、闇とともに静寂が訪れた。


第三話 土の神剣 完
* * *
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
Base template by WEB MAGIC.   Copyright(c)2005-2010 奇術師の食卓 紫苑怜 All rights reserved.